ゼロからわかる「奨学金問題」
~負担すべきは、国か、親か、本人か

対立する“3つの教育観”
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文/小林雅之(東京大学教授)

社会問題となった奨学金

奨学金をめぐる議論がここ数年、かまびすしい。一方で、日本学生支援機構奨学金の回収が厳しいというキャンペーンが張られ(奨学金問題対策全国会議など)、他方で、2016年3月には新しい制度として、「所得連動返還型奨学金返還制度」の導入が決定された。

こうした中、特に最近は、「給付型奨学金」の導入が焦点になっている。これについては、「日本には大学生向けの公的な給付型奨学金がないので、創設せよ」という主張と、「諸外国とは国情が異なるので、他国と比較するのはいかがなものか」(麻生太郎財務大臣の2016年3月28日の参議院予算委員会での答弁)という対立がある。

この対立は、単に給付型奨学金についての見解の相違ではない。背景には、教育費の負担をめぐる考え方の相違がある。それは、教育観の相違でもある。

現在は、この教育観の相違によって、意見が分かれているといっていい。この問題は根深く、教育観ひいては社会観の対立に起因していると言えるのである。

教育費負担の考え方

それでは、教育費負担の考え方、その背景にある教育観とはどのようなものであろうか。ここでは、大きく、教育費負担について、3つの考え方に分けてみたい。

教育費負担は主として次のように分けられる。まず第1に公的負担か私的負担か、第2に私的負担は民間負担か家計負担か、第3に家計負担は親負担か子(学生本人)負担か、といった区別である。

民間負担には、企業、慈善的(寄付、財団など)負担もあるが、その割合は高くない。したがって、教育費の負担は、公的負担、親負担、子(本人)負担の3つが主なものである。

実際には、多くの国ではすべて1つの負担というよりこの3つの負担を組み合わせている。