「オバマの時代」とは一体なんだったのか? 「核兵器なき世界」構想がもたらした大いなる逆説
次期政権に受け継がれるリスク
プラハで行った「核兵器なき世界」演説の様子〔PHOTO〕Flickr / Some rights reserved by adrigu


文/佐藤丙午(拓殖大学教授)

オバマ政権の外交・安全保障政策

2016年5月のG7伊勢志摩サミットの訪日の際、オバマ大統領が現職の大統領として初めて被爆地広島を訪問することが発表された。今回の訪問は、原爆投下に対する謝罪ではなく、政権当初より掲げてきた「核兵器なき世界」に向けた一連の政策を象徴するものとして、その政策が必要となった出発点を確認する作業となるだろう。

オバマ政権の外交・安全保障政策の8年間の評価には、肯定的なものと否定的なものとが交錯している。その成果と評されるものが、2009年4月にチェコの首都・プラハで行った「核兵器なき世界」演説である。

過去の米政権で安全保障政策の中枢を担った「四賢人(ジョージ・シュルツ、ウィリアム・ペリー、ヘンリー・キッシンジャー、サム・ナン)」の核兵器廃絶を求める主張などに基づき、それまでの米国内の思潮を背景に、オバマ大統領は核兵器廃絶の必要性を訴えた。

演説では、自身の生涯で核兵器廃絶が実現されることはないとの予想を踏まえつつ、核廃絶は世界に核兵器を生み出し、最初に使用した国家として国際社会を「核兵器なき世界」に導くための行動を起こす「道徳的な責任」を有すると表明したのである。

この演説の後、核軍備管理・軍縮は大きく進展した。米ロ間では新START条約が合意され、配備される戦略核弾頭数は、両国共に1550発に制限された。

また、2010年の核兵器不拡散条約(NPT)運用検討会議では最終文書の採択に成功している(GWブッシュ政権の下で実施された2005年の会議では採択に失敗)。

この最終文書には、核軍縮に向けた具体的措置(包括的核実験禁止条約=CTBTの早期批准、透明性の向上などの措置)が盛り込まれたほか、核不拡散と原子力の平和利用を推進する上で、安全保障上の考慮を反映した管理強化措置が合意された。

なにも貢献せずにノーベル平和賞受賞

国連では2009年9月にオバマ大統領を議長とする安全保障理事会で核軍縮に関する史上初の理事会が開催され、「核兵器なき世界」を目指すとした安保理決議1887が議決された。

さらに、2010年以降、2年ごとに核セキュリティ・サミットが開催され(2010年はワシントンDC、2012年はソウル、2014年はオランダ、2016年はワシントンDC)、核セキュリティと高濃縮ウラン(HEU)の管理強化が規定された。