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突然の撤退表明にア然…なぜフォードは日本市場を見限ったのか?

クルマファンを震撼させたフォード日本市場からの撤退。この波紋はどこまで広がるのか。識者3名に聞いた。

フォード撤退がもたらす激震の波紋/佃義夫 佃モビリティ総研代表(元日刊自動車新聞社長)

米フォード・モーターが1月26日に突然、「日本事業から撤退する」というステートメントを発表した。フォードは、本年末までに日本におけるすべての事業から撤退し、経営資源を他の地域の市場へ集中させていくとするものだ。

なぜ、フォードが日本市場から撤退する決断をしたのか。フォード本体から「日本自動車市場の閉鎖性」もひとつの理由とする声も出たようだが、これは言い訳である。かつての日米自動車貿易問題やTPPでもいつも米国サイドが日本市場で売れない、売るために日本に合わせて努力しないことを政治発言でごまかす例である。

本音は、日本における事業には今後収益性確保に向けた合理的な道筋が立たず、また充分なリターンを見込めないと判断したことによる。つまり、日本の自動車市場における近年のフォード車の販売不振により、その販売シェア低迷で今後とも採算が見込めないとのドライな決断である。

近年の日本の輸入車市場における「アメ車」の低迷は、東京モーターショーへの米国車不参加などのトレンドに顕著に表われており、米フォードはグローバル市場戦略で日本市場から撤退するという、選択と集中を明確に打ち出したことになる。

しかし、米国フォード本体の「日本事業からの撤退」という経営判断は、日本法人であるフォード・ジャパンやフォード販売店サイドにとって全く「寝耳に水」だった。フォード・ジャパンは、2月初旬に大磯プリンスホテルでの日本自動車輸入組合(JAIA)の会員輸入各社試乗会を急遽キャンセルするなど全く予期しない「本国の決断」に戸惑いを示していた。

また、全国に52店舗のネットワークがある販売店も「本当に唐突で日本のフォード顧客に不信感を抱かせることに困惑している」と苦悩している。

たしかにフォードの日本市場での販売は、ピークの2万3000台(1996年)から2008年以降、5000台割れと大きく低迷が続いている。しかし、今年はエクスプローラーのトップモデル、タイタニウム、マスタングの右ハンドル車の日本導入が計画されていた。それだけに、フォード本体の撤退の判断には、フォード・ジャパンおよびフォード販社から「ナゼだ?」との声が上がったのだ。

■日本と深い関わりがあったフォードだが

フォード・ジャパンの入る港区のビル

フォードは、かつて日本の輸入車(外車)業界をリードした時期もある名門だけに、今回の日本市場からの撤退判断は輸入車業界にとっても衝撃的であり、大きな波紋を投げかけている。フォードといえば、GMと共に20世紀の世界の自動車産業をリードしたビッグ2であったし、日本との関係も深い。

しかし、近年では日本市場での販売が大きく低迷し、昨年のフォード車の販売は4968台にとどまった。輸入外国車に占めるシェアは1・7%にすぎない。

とはいえ、フォードの日本進出は、第二次大戦前の1925年と古く、昭和初期に横浜・子安工場でT型フォードのノックダウン(KD)生産・供給を展開した歴史を持つ。ちなみにフォード子安工場は、現在マツダのR&Dセンターになっている。戦前はフォードがトヨタ、日産、いすゞの御三家やGMを凌ぐ日本国内最大のメーカーであった。

1970年代以降は、マツダとの資本提携でマツダがフォード車販売のオートラマチャンネルを展開するなど、日本の自動車市場・自動車業界との関係が深かっただけに、今回の突然のフォードの日本市場からの撤退に驚く声は多い。フォードの撤退がGMなどの経営判断に影響することも考えられ、波及する懸念も出ている。

昨年、2015年の日本自動車市場における輸入車販売は、28万5496台、前年比1・6%減と6年ぶりに前年水準を下回った。

それでも昨年の日本の新車市場全体は504万6511台、前年比9・3%減となっていることから、輸入車市場は30万台ラインに届かなかったものの、比較的健闘したと言える。特に長年、輸入車市場で首位を続けていた独フォルクスワーゲン(VW)が、排ガス不正問題の影響を受けて販売を大きく減少させ、首位の座をベンツに譲ったことが、輸入車市場全体の減少につながる要因となった。

2015年の輸入車ランキングを見ても、1位メルセデス・ベンツ(6万5162台、7・1%増)、2位VW(5万4766台、18・8%減)、3位BMW(4万6299台、1・3%増)、4位アウディ(2万9414台、6・4%減)、5位ミニ(2万1083台、19・8%増)だ。ミニはBMWグループブランドであり、トップ5はドイツ勢が独占している。首位の座がベンツに移ったとはいえ、このトレンドはここ数年変わっておらず、特に米国車の低迷状況が続いていた。

ヨーロッパで人気のフィエスタだが……

日本の輸入車市場は、ドイツ車のブランド人気が圧倒的に高く、VW、ベンツ、BMWが三強といわれ、最近ではこれをVWグループのアウディが追い上げる構図となっている。

今回のフォードの撤退決断以前には、GMグループのオペルに加えて韓国の現代自動車が2010年に乗用車販売から撤退しており、現代自は観光バス販売のみ日本市場で事業を行っている。

韓国・現代自動車に続く今回の米フォードの日本市場からの撤退は、日本の自動車市場における国産ブランドの激しい競合と、独車が圧倒的なブランド力を誇る輸入車市場の難しさを、物語るものと言えよう。

加えて、日本の少子高齢化や若者のクルマ離れトレンドの進行から、日本の自動車市場全体が縮小するという先行き見通しに米フォード本体がドライな決断に踏み切ったということだろう。

かつて日本の自動車市場において輸入車は「外車」と呼ばれ、外車を牽引していたのは米国車であった。フォード、GM、クライスラーは世界のビッグ3でもあり、フォードはマツダ、GMはいすゞ、スズキ、クライスラーは三菱自動車と資本提携していたことで、それぞれの日本車販売店で外車が扱われていたこともある。

日本は魅力的な市場なのだろうか?

リンカーンブランドも日本から消える

フォード車販売といえば、1974年にはホンダが「HISCO」(ホンダ・インターナショナル・セールス)の社名で子会社を設立し、日本でのフォード車販売を手がけた時期がある。その後、資本提携先であったマツダがフォード車販売チャネルの「オートラマ」をセットアップ

(1981年)した頃は勢いがあった。マツダがフォード車のフェスティバを、国内工場で生産・供給した時期もある。

フォード車の日本での販売ピークは1996年で、2万5000台に迫るものだったが、それと比べると今や5分の1にまで落ち込んでいる。

米フォードの現社長CEOはマーク・フィールズ氏で、2002年までマツダの社長を務めた人物だ。「マツダ帰りのフォード本社は出世する」と言われるなかで、米フォードのトップに登りつめた。そのマーク・フィールズフォードCEOは、マツダ社長時代にマツダのブランド戦略「ZOOM-ZOOM」を打ち出したマーケティングのプロで日本市場に精通している。その米フォードのトップがあえて日本撤退を決断したことは、日本市場でのフォード車販売の採算性を今後とも見切ったということだろう。

米国車の不人気は、特に日本経済のバブル崩壊後に、性能・品質面で日本の国産車やドイツ車に比べてきめ細かさに欠ける、燃費が悪い、中古車のリセール価値が低いと批評され、ブランド力を落としていったことが背景にある。世界5位の自動車販売を誇る現代自動車も、前出のとおり日本市場だけは食い込めなかった。

現代自動車は2001年に日本市場に参入して、「ヒュンダイを知らないのは日本だけかもしれない」などのキャッチフレーズを駆使し、日本法人のトップをトヨタから引き抜いたりするなどしたが、結局乗用車販売から撤退し、現状、観光バスだけを残している。

今回の米フォードの日本市場撤退の経営判断は、自動車メーカーの世界市場戦略における「選択と集中」が進んできていることを受け止めねばならない。裏返して言うと、フォードに限らず日本の自動車市場に魅力を感じない、あるいは将来性を見限るということになる。

輸入車業界は、かつてはヤナセに代表される輸入権もあり販売ネットを展開していたが、現状では海外本国の直営日本法人化に切り替わって変貌した。故梁瀬次郎氏が強烈なリーダーシップを誇った日本自動車輸入組合は、フォード車を扱う有力ディーラーだった近鉄モータース等が支えていた。

米フォードの突然の撤退宣言には、日本のフォード販売店へのケアが現状では見られないし、フォードユーザーへの対応もこれからである。実は筆者の知人も昨年末までフォード車オーナーだったが「好きだったんだよな」と今回のフォード撤退を嘆く。そうしたフォードユーザーの声がデトロイトには届くのか。フォードの突然の撤退決断は、日本で苦戦するほかの輸入車サイドにどう波及するのか、予断は許されない。

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