熊本大地震、そのとき「熊本刑務所」で何があったか? 過去に例を見ない「決断」の舞台裏
現地ルポ
熊本刑務所正門

熊本大地震の発生後、熊本刑務所が被災者のために施設の一部を「避難所」として開放したことが話題になった。元広島拘置所総務部長で、『典獄と934人のメロス』で関東大震災で被災した受刑者たちが起こした奇跡を著した作家の坂本敏夫氏が、いまもなお約4万人が避難生活を送っている現地に入り、熊本刑務所を訪ねた。その模様をレポートする。

熊本刑務所へ向かう

4月23日(土)。私は、熊本地震被災避難者のために道場を提供している熊本刑務所の取材のため現地に向かった。博多から先の九州新幹線は運転を見合わせていたので、博多で降りて福岡矯正管区(九州沖縄の矯正施設を監督管理する機関)を訪ねる。

熊本までは在来線で行けたが、熊本市内の宿はすべて満室だったので博多の知人宅に泊めてもらう。熊本の宿は、全国から馳せ参じるボランティアのために県・市当局が確保していたということだった。

24日(日)、この日から運転を再開した新幹線で、熊本に向かった。熊本駅からは豊肥線で東海学園前まで行く。

熊本刑務所(熊本市渡鹿)に到着したのは正午少し前、屈強な若手刑務官が立哨する表門に立つ。ここが刑務所内に入る唯一の門である。その刑務官(看守)に取材に来た旨告げる。

「そこで待て!」

と、いかにも偉そうに高飛車に出る看守は、私に一喝すると庁舎に入っていく。職責に燃えているのだろうが、部外者にははなはだ失礼千万な応対になっている。私が現職の時は温和で公共心のある刑務官を表門の担当に就けたものだ。

ほどなく幹部職員の懇切な対応により取材は叶った。

正面の2階建てタイル張りの建物が庁舎(所長室、総務部門、会議室などがある事務所棟)で、その東側に間口25メートルの車庫と道場(420㎡)が建ち並んでいる。

避難所となった武道場。奥のオレンジ色のテントは女性の更衣のために設けたもの。 
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