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『8時だョ! 全員集合』は日本のお笑いをどう変えたか? 伝説の幕開けからいかりや長介の苦悩まで
最高視聴率50・5%!
8時だョ!全員集合/'69年開始。TBS系列で毎週土曜日の午後8時から放送された生放送コント番組。ザ・ドリフターズによるコントが中心の前半部分と、ゲストも参加する合唱団などのミニコントからなる後半の二部構成。'85年に放送終了。全803回で平均視聴率は27.3%を記録した。

「8時だよォ!」「全員、集合!」—。土曜日の夕食時、茶の間に響く威勢の良い掛け声。リズミカルなギャグを引っさげた5人組が、日本中の笑いを独占した。

「ウンコチンチン」の衝撃

田村隆 僕は'69年の『8時だョ! 全員集合』初回放送から、すでに番組作りに参加していたけど、ふたりはいつ頃から見ていたの?

たむら・たかし/'41年茨城県生まれ。放送作家。大学在学中から青島幸男に師事。『全員集合』以外にも『ドリフ大爆笑』などドリフ関係の番組の多くを手掛けた

松田ひろし 僕が『全員集合』を見はじめたのは小学生の時。プロレスを見たい親父とのチャンネル争いが大変だった。

まつだ・ひろし/'61年生まれ。コメディアン。芸人を志し、飛び込みでドリフ付き人に。コントび~ランチとして活動の傍ら、ラーメン『高木や』を経営

西条昇 うちは、家族揃ってお笑い好きで、それこそ全員集合して見ていた。「ドリフの番組は下品だから見せない家庭が多かった」と言われるけど、僕の場合は、親が公開収録に連れていってくれて、もう夢中でした。

さいじょう・のぼる/'64年生まれ。演芸評論家、江戸川大学准教授。古今東西の笑いに精通し、著書多数。いかりやの自伝『だめだこりゃ』では構成を担当した

田村 やっぱり子供に大人気だったね。でも、決して子供に向けて作っていたわけじゃないんです。

僕たちの「敵」はずっと、日テレのスポーツ中継。つまり巨人戦と、プロレス中継でした。完成度の高いコントでスポーツから視聴者を奪うことを目指していた。それに、子供は背伸びしたがるから、それこそ子供騙しじゃついてこない。

西条 '73年には、最高視聴率50・5%を記録するお化け番組になります。いまじゃ考えられない数字ですね。

松田 当時、ドリフで一番の人気は、やっぱり加藤茶さん。僕も大好きでした。ひとつひとつのギャグが、とにかくわかりやすかった。

田村 加藤さんは掛け値なしの天才。「ウンコチンチン」を普遍的な笑いに昇華させたのは彼の功績。いくつになっても子供心を忘れない、天性の愛嬌のなせる技です。いかりや長介さんも、加藤さんをどう活かすかという視点でコントを考えていました。

西条 突然ピンクのスポットライトが降りてきて、ムーディーな曲が流れ出し、上目遣いの加藤さんがおもむろにストリップを始める。「あんたも好きねェ~」「ちょっとだけョ~」……するといかりやさんが「やめなさい!」と止める。でも、子供たちは「止めないで!」と大騒ぎ。

松田 一番止めて欲しいのは加藤さんでしょう(笑)。子供たちは「やれやれ」とうるさくて、ストリップ小屋のオヤジよりタチが悪い。