週刊現代
大災害時、私たちが最も恐れるべきは「命を守るための情報」が知らされないということだ
「エリートパニック」という災禍
〔photo〕gettyimages

国民のほうがずっと冷静

エリートパニックという言葉を聞かれたことがおありだろうか。『災害ユートピア』(レベッカ・ソルニット著)に出てくる造語で、災害情報を伝える側の人が陥る恐慌のことだ。

17日付の東京新聞の社説によれば、〈『普通の人々』がパニックになるなんて、とんでもない…。エリートパニックがユニークなのは、それが一般の人々がパニックになると思って引き起こされている点です〉と書かれているという。

そのくだりにハッとした。5年前のイチF(福島第一原発)事故の記憶が甦った。当時、官邸の混乱ぶりを伝える情報があるルートから刻々と入った。

官邸は最悪の状況に陥っていた。イチFの暴走がつづけば東日本が壊滅する。といって真実を国民が知ればパニックが起きる。無数の人々が逃げ惑い、多数の死者が出る。私の頭にはそんなイメージが膨らんだ。

枝野幸男官房長官(当時)は「直ちに健康に影響はありません」と会見で繰り返していた。私はテレビでそれを固唾を飲んで見守った。記者時代の習性から、彼が本音を漏らしたら大変なことになると思った。「そのまま平静を装ってくれ」と祈るような気持ちだった。

が、いま振り返ると、当時の私は「普通の人々」のパニックを恐れるあまり、自らパニくっていたようだ。

原子力の専門家や官僚や政治家は、その気持ちがもっと強かったのだろう。民間事故調の報告書にあるように、彼らは「『国民がパニックに陥らないように』との配慮に従って行政の各階層が情報を伝えない情報操作」を行った。

「メルトダウン」と言った原子力保安院の審議官が更迭され、SPEEDI(緊急時影響予測ネットワークシステム)が沈黙した。パニックへの過度の恐れが裏目に出たのである。「普通の人々」は、エリートが想像するよりずっと冷静だった。

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