現代新書
日本人にとってキリスト教とは何か
〜秀吉と家康が徹底的に弾圧した理由

〔photo〕iStock

クリスマスと日本人の不思議な関係を明かす連載第3回。今回は、そもそもキリスト教とは日本人にとっていかなる存在だったのか、ホリイ博士が歴史をずんずんさかのぼって考えます。(→第1回はこちら

文/堀井憲一郎
(コラムニスト)

 キリスト教がやってきた

キリスト教はローマ帝国内において、圧倒的な勢力となり、やがて俗世の王権を越えた存在となっていった。ローマ帝国が分裂し、消滅しても、キリスト教は強大化していった。

ヨーロッパ全域を覆う巨大帝国は再び現れることはなかったが、その代わり、キリスト教がヨーロッパをまとめる支柱となった。ローマ帝国が崩壊したのち、キリスト教は千年の王国を立てたとみることもできる。中世ヨーロッパはキリスト教の王国であった。

中世キリスト王国は、わが日本国とは、ほぼ、関係がなかった。それぞれに行き来することはなかった。それはそれでよかった。

そのままずっと無関係でもよかったのである。ときどき、そうおもう。

たとえば、太平洋の周辺エリアにはいくつもの島がある。パラオがあり、ニューギニアがあり、フィジーがあり、ソロモンがあり、ニューカレドニアがある。ほかにもいろんな島がある。それぞれにそれぞれの人が住んでいて、それぞれの文化を持っている。彼らは彼らのやり方で生きている。独自のものを信じ、独自の基準によって人を裁き、独自の方法で人を葬る。

もちろんそれはぼくたち日本人の方法と違うだろう。ひょっとして理解できないものが多くあるかもしれない。すごく似てる部分もあるのかもしれない。

それでかまわない。彼らは彼らの方法で生き、ぼくたちはぼくたちのやり方で生きていく。それでいいのである。それぞれの生き方で暮らしていき、お互いの生活については、べつだんかまうこともない。世界はそうやって、静かに生きていた。

ところが。

16世紀になって、ヨーロッパのキリスト教国たちは、「非キリスト教エリア」へとどんどん進出を始める。もとより周辺国をそうしていたように、遠く離れたエリアをさえ、キリスト教国化しはじめた。

アジアエリアからすれば、余計なお世話である。べつだん、われわれは今までの生活システムで問題はない。このままで充分である。でも、かれらはやって来た。

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