読書人の雑誌『本』
地球に生まれ、増え、繁栄し、愛しあい、憎みあうことの幸せを、人類はどうあつかうのか?
川上弘美『大きな鳥にさらわれないように』
〔PHOTO〕iStock

文/川上弘美

続きを書きたくてしかたがなくなって

こんな小説を書こうとは、思ってもみなかったのだ。

始まりは、一昨年のお正月だった。かつて『変愛小説集』というアンソロジーを、翻訳家の岸本佐知子さんが編んだ。奇妙な愛、奇妙な恋を描いた海外作家の短篇の名アンソロジーである。その日本作家版を、岸本さんが指名した小説家たちが書き下ろしてみる、という企画のために、お正月までに「変愛」な短篇を書いたのである。

変な愛。けっこう、得手かも。と思いながら、珍しくすらすら書いた。いつもならうんうんうなって苦しむ結末も、天から誰かが指示してくれたように、すとんと終わることができた。

舞台は、何千年も未来。さまざまな動物由来の「基幹細胞」からつくりだされた人間たちが逍遥する世界である。おりしも、短篇の載った『群像』が発売された1月の末に、「STAP細胞開発」の論文がネイチャー誌に載り、「そこからヒントを得たのか?」などと言われたことがあったのも、なつかしい(ちなみに、小説を書いたのは「STAP細胞」のニュースの前であり、「STAP細胞」とは無関係。「基幹細胞」というのは、「幹細胞」に一文字加えてみた架空の細胞名であります)。

無事に『変愛小説集 日本作家編』の企画は終わり、この「形見」という短篇の世界から私は去ってゆくはずだった。ところが、なぜだろう、どうしても私は「形見」の続きを書きたくてしかたがなくなってしまったのだ。べつに、誰に頼まれたわけでもないし、たとえばその中のキャラクターが気に入ってしまってもっと活躍させたくなった、ということでもない。

唐突に話は飛ぶのだけれど、東日本大震災で原発のメルトダウンが起こった時、さまざまなことを、日本中のみんなが考えた。新聞記事、本、ネット、知人の口から、直接に間接に、多くの見解や意見を見聞きした。そして私も考えた。いっしんに、考えた。

ともかくどうにも妙だと思ったのは、使用済み核燃料を完全に無害にする方法は現在のところ確立されておらず、それならばどうするかといえば、地中深くに埋めたり街から離れたところに埋めたり海の底に埋めたり、といった、あまりにも迂闊としか思えない処理法が主であるらしい、ということだった。