地震・原発・災害
坂口恭平の熊本脱出記(4)3歳の息子は僕の手を引っ張り、「あそぼ」と言った
命より大事なものはない
坂口家と震源地の位置関係

「笑われてもいいから、逃げられる人は逃げて。それは、逃げられない人を救うことにもなる」

熊本の震源地から脱出した坂口恭平(新政府総理大臣)は、今回の震災から何を学んだか。何に気づいたか。瞠目のリアルタイム・ドキュメンタリー最終回、感動の新政府勧告。

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TEXT 坂口恭平

新政府としては熊本地方は自主避難勧告

避難所を震源地につくってどうするのだろうか。

僕には理解ができない。

毎日毎日余震の恐怖におびえ、ライフラインもすぐに故障するし、食料もままならないのだ。どう考えてもおかしい。

余震の様子を見るかぎり、これで終わりとはとても思えない。僕は知人である熊本県副知事にふたたび電話をした。

一度目のときとは違い、今度は現場が混乱していることが伝わってきた。避難所がどんどん増えていて、情報が追いついていかないという。

僕が逃げたことの一つの理由として、7人が逃げれば、それだけで、7人分の食料と水分が他の人に渡るということがあった。つまり、それは一つの救助活動と言えるのだ。そのことを副知事に伝えると、確かに自主避難が一番いい、避難できる人は避難してほしいと言う。

僕はそれをちゃんと熊本県の公式の意見として勧告すべきだと伝えた。そのことはいま、国と協議中だという。おそらく永遠に自主避難勧告はなされないだろう。

町に人がいなくなってしまったら、ダメなのだろうか。