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日本史に眠るトンデモ「性豪」伝説! ご先祖様たちはこんなに大らかに楽しんでいた
道鏡から伊藤博文まで
〔PHOTO〕gettyimages


下川耿史氏の著書『エロティック日本史』が話題だ。セックスの視点で日本の歴史を見直すと、大らかにセックスを楽しんでいたご先祖様の姿が浮かんでくる。日本の「性史」を覗いてみよう。

アソコに菩薩さまが

不倫だゲスだと、近頃世間では、やたらと性の「純潔」さが求められる様子。しかし、日本人が性に「純潔」を求め始めたのは、いつからなのだろうか。

「古来、日本人の性観念は非常におおらかで、セックスは趣味のひとつという位置づけでした」

作家で歴史家の加来耕三氏は、こう断言する。

「明治維新の頃、性に関してとくに厳格だったヴィクトリア朝時代の欧米の価値観が日本に入ってきました。一夫一婦制が『正しい』とされ始めたのもその頃で、日本では古来、立派な人格者でもお殿様でも側室や妾を抱えていました。貴族は男も女も和歌を詠んで異性を口説き、庶民は春と秋の年に2回開かれる祭りの日に野合(フリーセックス)を楽しんでいたのです。

性の楽しみ方は貴族と庶民では違いましたが『裸になれば一緒』という考え方は共通していて、セックスを自由に楽しんでいたことに変わりはありません」(加来氏)

日本の最高権威者であった天皇さえも、その自由奔放な性事情が庶民から親しまれてきた。

鎌倉時代に成立した高名な歴史書『水鏡』の異本には、奈良時代に二度も皇位についた有力女帝のセックスに関する描写があるという。今年の3月に『エロティック日本史』を上梓した性風俗史研究家の下川耿史氏が解説する。

「その女帝とは、孝謙天皇です。性豪伝説が描かれるのは、彼女が一度退位したのちに重祚(退位した天皇が再び即位すること)して、称徳天皇となってからのこと。

称徳天皇は怪僧・道鏡を側近へと召し抱えます。彼は『道鏡は すわるとひざが 三つでき』と、後世の川柳に詠まれるほどの巨根だったという。異本によると、称徳天皇は道鏡を寵愛しつつ、彼のペニスだけでは飽き足らず、もろもろの法師の『物』を受け入れてセックスに耽っていたとされています。

そして、ある日、道鏡が称徳天皇とコトに及ぼうと、彼女の『御開門』(女性器)に挿入したところ、『秘部の中に弥勒菩薩のいる浄土とソックリの光景が再現されていた』という。徳の高い法師たちと数多く経験を積んだことで、なんと女性器の中が極楽浄土になったというわけです」

ペニスを包む膣の感触が、浄土にいるかのような快楽を与えてくれる。まさに女性器が悟りを開いて「セックスの頂」に至ったという奇想天外な逸話だが、称徳天皇と道鏡にまつわるエピソードは、まだまだある。