地震・原発・災害
坂口恭平の熊本脱出記(1)あの日、東京で感じた「予兆」〜そして家族の待つ熊本へ
「新政府」総理大臣が緊急特別寄稿!
新政府総理大臣・坂口恭平氏〔撮影:Hokari〕

日本には、実は2人の総理大臣がいる。ひとりはもちろん、「現政府」の安倍総理。もうひとりは「新政府」の坂口恭平である。

これは冗談ではない。新政府とは3.11を機に、現政府が機能していないことを悟った坂口が、誰からも頼まれていないのに勝手に設立したものである。しかも0円で。(この経緯はベストセラーとなった彼の著書『独立国家のつくりかた』に詳しい)

3.11後、東京を引き払い、故郷の熊本で活動を続けてきた坂口は、期せずして今回の熊本地震に遭遇することになった。そのとき何を見、何を考えたか。瞠目のリアルタイム・ドキュメント。全4回、一挙公開!

TEXT 坂口恭平

2016年4月14日

その日は突然訪れた。

前日の2016年4月13日、熊本市中央区新町の自宅で妻フー、娘アオ(7歳)、息子ゲン(3歳)が僕の38回目の誕生日を祝ってくれた。

しかもこの日はゲンの幼稚園の入園式。大きくなった我が子を見ながら、普段なら保護者会などほとんど参加しない僕もつい涙ぐんだ。幸福な一日が過ぎ、翌朝、僕は仕事のため熊本空港へ自家用車で向かい、羽田へと飛んだ。

* * *

夕食どきにフーからメールがきた。僕は友人たちと恵比寿のレストランで食事をしていた。少し電話で話をして切ると、東京で小さな地震が起こった。まわりの友人は当然のような顔をしている。

2011年3月11日に東日本大震災が起き、福島第一原発が爆発したあと、僕は3月15日に東京を離れ、生まれ育った熊本市に家族で移住していた。さらには無政府状態にしか見えない「現政府」のやりかたに怒りを覚え、2011年5月10日に僕は勝手に「新政府」を創設し、言い出しっぺなのでその初代内閣総理大臣になった。

熊本では地震がほとんど起きない−−僕もそんなふうに思っていたところがある。だからさっき地震の揺れに平気な顔をしている東京の人に少し違和感を覚えた。そんなときにあることがふっと頭をよぎった。

「今日はオザケンの誕生日だ」

4月12日は盟友であるDOMMUNE主宰の宇川直宏氏の誕生日、4月13日は僕の誕生日、そして、4月14日は小沢健二氏の誕生日だったことを思い出した僕は、なぜかわからないが、もう一度フーに電話をかけた。

そのときである。

フーが電話口でアー、アーと叫んでいる。ゲンがお風呂上がりのまま体も拭かずに出て行ったのかとはじめは思った。しかし、その声は次第に叫び声となり、どこからか轟音が聞こえてくる。僕はなんのことかわからない。

フーは不安そうな、誰かに襲われているような、言葉にならない声をあげ、その声の大きさはどんどん大きくなっている。子供の名前を叫んでいる。僕は「どうした?」と聞くことしかできなかった。