清原和博を縛った「男は強くなければならない」という呪い
だから、日本の男は「生きづらい」
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「男は強くなければならない」。清原は、この言葉にプレッシャーを感じ、苦しみ、耐え兼ねて覚せい剤に手を染めた。新著『男が働かない、いいじゃないか!』を上梓した武蔵大学助教授の田中俊之氏が、清原の凋落をモデルケースに、「男の生きづらさ」を炙り出す。

清原は「男の悩み」を抱えていた

引退直後の『FRIDAY』のインタビューで、「清原和博と言えば、強い男の代名詞となった印象があるが?」と質問された際、清原は冷静に自己分析をしている。

「それは逆、真反対なん。強く見せることで自分の弱さを隠したみたいな……。ボク自身はガラスみたいな人間やからね。トレーニングし始めたのも最初は野球のためって思ったけど、途中からはそういうメンタルな面で『オレはこんだけやったんだ』みたいな、そういう自分に対する自信が欲しかったんやね」

数々のマスメディアが、「実は、清原は気が弱い」と報道しているが、すっかり定着していた筋肉隆々で色黒の番長としての「清原和博」はキャラクターにすぎず、自分の中に「弱さ」を抱えていることを、清原自身がよく知っていた。

16年2月2日の夜、清原和博が覚せい剤取締法違反(所持)の疑いで逮捕されたというニュースが飛び込んできた。警視庁に車で移送される姿は、多くの人に衝撃を与えたが、現役時代から繰り返し素行不良が報道されていたため、意外という印象はほとんどなかったのではないだろうか。2月23日には覚せい剤使用の疑いで再逮捕されおり、本人も「間違いありません」と容疑を認めているという。

言うまでもなく、清原の犯した罪は許されるものではない。しかし、実力でも人気でも秀で、球界のスターだった清原が、なぜ覚醒剤を使用するに至ったのかは考えるに値する問いだ。

問題の背景には、清原が抱えた「男性特有の精神構造」があるのではないか。内面の「弱さ」を自覚しながらも、周囲からは「強い男」であることを期待される。それに応えようとする過程で「強い男」という演技から逃れられなくなり、心理的に追い詰められてしまう――。

清原にかぎらず、一般的に男の子は、「男だから」という理由だけで「強くなければならない」とプレッシャーをかけられ、競争へと駆り立てられていく。そして、少年時代から競争にさらされ、弱音を吐くなと教育されてきた彼らにとって、自分自身の「弱さ」を真正面から認めることは難しい。

清原の感じていたプレッシャーは、男として生きる全ての者にとって決して他人事ではない。男性には男性であるがゆえに抱える悩みや葛藤がある。

このような「男性問題」を対象とする学問である「男性学」の視点からすると、清原は、男性なら誰もがそうなりうる、ひとつのモデルに見える。