不正・事件・犯罪
借金10億円を背負い、「住所不定無職」となったあるベンチャー創業者の現在
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「創業者」から「住所不定無職」に

既存の秩序をネットが破壊し、金融、流通、製造、サービスの全ての分野で、新たな創造の担い手を目指して若者が起業、それを後押しする新興市場が創設された20世紀末、「ネットの宅配」というビジネスモデルで起業したのが花蜜伸行氏である。

高校卒業後、21歳でバイク便の会社を起こしたものの、バイクで運んでいたCDロムや版下が、ネットを通じて「添付ファイル」の形で送れるようになった時、時代の変化を感じとった花蜜氏。映画『ザ・インターネット』でピザをネットで注文するというワンシーンをヒントに、99年9月、30歳で「夢の街創造委員会」という会社を立ち上げ、現在の日本最大の出前ポータルサイト「出前館」の礎を築いた。

夢の街創造委員会は、06年6月、ヘラクレス(現ジャスダック)に上場、それまでに経営はスカウトした中村利江社長に譲り、ビジネスの出会いを活発化させる日本元気丸を創業(08年に一般社団法人化)。そちらに活動の重心を移していたものの、夢の街創造員会の内紛を機に、13年3月、特別顧問に就任、また経営に関与するようになった。

起業家の成功モデルのひとりであった花蜜氏だが、夢の街創造委員会の株を巡り、14年4月から6月にかけて、「売り」の勢力に対し、単独で「買い」で立ち向かい、大敗を喫した。一夜にして失ったのは250万株。そのうえ10億円の借金を背負い、全資産を没収されて、「住所不定無職」の状態になった。

さらに、昨年2月、株価操縦を疑った証券取引等監視等委員会が強制調査に着手。証取委の調査は大詰めを迎えており、今後、東京地検特捜部の捜査が本格化する。

上場企業の創業者で、各界に幅広い人脈を有し、ベンチャーの支援者、新規事業やM&Aの仕掛人として知られる花蜜氏に何があったのか――。

花蜜氏

「開き直りの境地」とでもいうのだろうか、厳しい局面を迎えているにもかかわらず、花蜜氏は存外に明るく、「認めるところは認め、(誤った報道に対し)違うところは違うと、主張しておきたい」と、臆するところがなかった。

――一部で報道されているように、相場操縦容疑で証取委から強制調査を受けたか。

「間違いありません。13年7月中旬、13年末から14年年初、14年4月末から5月末にかけての3回の取引が『買い上がり』や『終値関与』などの株価操縦に当たるとされ、一時は連日の事情聴取を受けました」

――目的はなにか。

「特別顧問に就任後、株主としての発言力を強化するために持ち株比率を増やそうと思いました。ただ、自分の名前が表に出ることなく、密かに株を集めたかった。だから友人らの口座も使い、(株式を担保に証券会社から買い付け代金を借りる)信用取引で買い上がって約15%を取るのが目標でした」

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