野球
楽天・片山の投手「再転向」で私が思い出すこと

投手への再転向

昨季、投手から野手に転向した東北楽天の片山博視選手が、再び投手に戻ることになりました。左のリリーフは、どの球団も喉から手が出るほど欲しい存在です。本人は「投手として再び一軍のマウンドに立てるように一生懸命頑張ります」とコメントしていました。

投手→野手→投手といえば、思い出されるのが元阪神の遠山奬志さんです。片山選手と同じサウスポー、しかもドラフト1位組です。

遠山さんは阪神に入団した1986年、27試合に登板して8勝(5敗)をあげました。高卒ルーキーとしては上出来です。ところが2年目は、1勝も上げることができませんでした。最大の武器である右バッターの内角をえぐる“真っスラ”が投げられなくなったというのです。肩やヒジをかばっているうちに、ボールそのものから威力が消えてしまいました。

2年目以降は、ほとんど泣かず飛ばず。5年目のオフにはロッテにトレードされました。

野手に転向したのは10年目の95年です。ロッテでは1勝も上げることができず中継ぎばかりでした。「年俸も上がらないのであれば、野手として勝負したい」。首脳陣にそう告げ、バッターとしての再出発を誓いました。

遠山さんはバッティングに自信がありました。高校(八代第一高)時代は30本を超えるホームランを記録しています。阪神のスカウトは「ピッチャーでもバッターでもいける」と考えていたようです。

しかし、10年目の転向で簡単に成功するほどプロの世界は甘くありません。野手に転向してからの打撃成績は通算16打数3安打、打率1割8分8厘。97年のオフには、とうとうクビを宣告されてしまいました。

まだ29歳です。次の働き場所を探さなければいけません。遠山さんが頼ったのが、古巣の阪神でした。

野村監督の指示

「ウチは野手はいらない」。バッテリーコーチの木戸克彦さんから、そう告げられた遠山さんはプルペンに入ります。「3年間、肩を使っていなかったのがよかったのでしょう。思いっきり腕が振れました」。すぐに「合格」が言い渡されました。

当時のセ・リーグは、どの球団も左バッターが幅をきかせていました。巨人の松井秀喜選手、広島の前田智徳選手、金本知憲選手、野村謙二郎選手、横浜の鈴木尚典選手、中日の立浪和義選手……。つまり、球団が遠山さんに期待したのは“左殺し”でした。