遊牧騎馬民族とシルクロードの世界史的意義〜西欧中心史観の打破をめざして
〔PHOTO〕gettyimages

文/森安孝夫(大阪大学名誉教授)

教育者としての大学教員

かつて文系の大学教授には、ゆったりと研究に専念できるやや浮世離れした存在というイメージがあったかもしれないが、もはやそんな悠長な身分ではない。

現代の大学教員は研究者であると同時に教育者でもあり、一般学生向けの授業をこなしながら、専門の学生・大学院生の教育に当たらなければならない。これは大きな負担であるが、発想を変えれば「教える権利」があるということである。

文科系の学問の場合、研究の基本はあくまで個人である。しかし一人で猛勉強をして膨大な量の知識や情報を蓄え、そこから従来誰も気付かなかった新事実を発見したとしても、それが確かに新発見であることを他人に的確に伝え、その新発見の意義まで説明するためには、論理構成力・文章表現力を含む高度な発表技術が要求される。

実はそれを磨く絶好の機会が、大学での講義なのである。学生を眠らせず引きつけておき、最後にあっと驚かせる結末にもっていくような講義は、1年に何回もできるわけではないが、常にそれを目指して準備することが、結局は読みやすくて中味も濃い論文が書ける能力を養うのである。研究者としてどんなに多忙でも、「教える」ことに手を抜いてはいけない。

さてこのたび講談社学術文庫として刊行された『シルクロードと唐帝国』は、私が2006年に執筆した初めての概説書である。概説書の執筆には講義をするのと同じ効果があることは分かっていたが、私自身はそれを現役引退まで実行するつもりはなかった。

ところが今世紀初頭に政府の方針で21世紀COEプログラムが始まり、大阪大学でも文系学部が合同して「インターフェイスの人文学」というテーマで資金を獲得したことによって、事態が一変した。

そのプロジェクトの一環として2003年から、私は同僚の桃木至朗教授らと協力して、夏休みに阪大豊中キャンパスに全国の高校地歴科教諭を集め、阪大側からは東洋史・西洋史・日本史の教員が参加して行なう高大連携の研修会(後に研究会)を発足させた。高校教諭に歴史学の最先端に触れてもらうという趣旨で、教育学系ではなく文学部の歴史系が主体となった全国でも初めての試みであった。

初年度は交通費・宿泊費さえ全額こちらもちだったにもかかわらず、なかなか参加者が集まらずに苦労した。でもその後は全国に同様の会が次々に生まれていくのだから、振り返ってみれば我々がファースト・ペンギンだったのである。