戦後日本の「安保」はこうして作られた
〜アメリカ・昭和天皇・吉田茂

「戦後レジームの正体」第11回(前編)
2015年8月30日、安保関連法案に反対する国会前デモ〔photo〕gettyimages

国民も憲法も無視して成立させた安保関連法案

2015年9月19日、午前2時17分、集団的自衛権の行使を柱とする安全保障関連法案が参議院本会議で可決された。もめにもめた安保法制が成立したのである。

このとき、真夜中にもかかわらず国会の周囲は、「安保法制反対」を叫ぶ数万人の市民たちで埋め尽くされていた。

9月19、20日両日に実施した共同通信の世論調査によれば、安全保障関連法について「国会での審議が尽くされたとは思わない」の回答は79.0%、「尽くされたと思う」は14.1%だった。安保法への安倍政権の姿勢に関し「十分に説明しているとは思わない」は81.6%、「十分に説明していると思う」はわずか13.0%。

朝日、毎日、読売各紙の世論調査を見ても、反対が約5~6割、賛成は3割台、そしていずれも「説明が不十分」はほぼ8割に達している。国民のほとんどが不満を覚えているのである。

集団的自衛権については、自民党政権は一貫して、「独立国として権利はあるが、憲法上使えない」という姿勢を通してきた。

たとえば1960年に岸信介首相は「自国と密接な関係にある他の国が侵略された場合に、これを自国が侵略されたと同じような立場から、その侵略されておる他国にまで出かけていってこれを防衛するということが、集団的自衛権の中心的の問題になると思います。そういうものは、日本憲法においてそういうことができないことはこれは当然」と国会で答弁している。

さらに1972年に田中角栄首相の政府見解としても、「他国に加えられた武力攻撃を阻止することをその内容とするいわゆる集団的自衛権の行使は、憲法上許されない」と明確に言い切り、81年5月には鈴木善幸内閣でも「集団的自衛権を行使することは、(中略)憲法上許されない」との見解を示している。

その集団的自衛権を、従来の姿勢を大きく変えて、なぜ安倍晋三内閣は行使することにしたのか。

自民党の幹部の一人が、「冷戦時代が終わって、日米安保条約の前提が大きく変わった」のだと説明した。

「日米安保条約は、憲法と同じように、アメリカ側が強要ともいえるかたちで日本に求めたのだ」というのである。

憲法は、本連載第6回(→こちら)で記したように、GHQがいわば密室作業でつくり上げたのだが、日米安保条約が、アメリカの強要によるとはどういうことなのか。あらためて日米安保条約が結ばれる経緯をたどってみることにする。