夏目漱石没後100年。未だ色あせない名作の魅力
リレー読書日記・中島丈博

たちのぼる名言の数々

今年は夏目漱石歿後百年に当たるそうな。朝日新聞にも『坊っちゃん』や『こころ』が覆刻版風に連載されているし、久方ぶりに漱石を読み返してみたいなと思っていた矢先に、姜尚中著『漱石のことば』を手にすることができた。

「可哀想だとは惚れたと云ふ事よ」とか、(日本は)「亡びるね」とか「ストレイ、シープ(迷える子)」とかは頭蓋の裏側のどこやらに消え残っていて、ほのかに懐かしい。

漱石を読むことで救われたという著者が選び出した言葉の数々とそのコメントの向こう側から、『三四郎』や『明暗』などの数々の作品自体のイメージがほのぼのと立ち上がってくる。私にとってはそのことが何よりも有り難かった。

漱石の作品中でもっとも多く映像化されているのが、言わずと知れた『坊っちゃん』で、戦前を含めて五度の映画化作品があり、宇留木浩、池部良、南原伸二、坂本九、中村雅俊がそれぞれ主役を演じているけれども、今回、改めて原作を読み返して再認識するのは、教師である坊っちゃんの潔いまでの教え子たちに対するシンパシーの欠如で、師弟愛のかけらも描かれてはいない。

そもそも『坊っちゃん』は、熱血教師が活躍する痛快学園物語でも何でもありゃしないのに、映像作品の多くはあの手この手を弄してそのように仕上げ、蝗(いなご)事件の生徒たちも竹を割ったような気性の坊っちゃんを慕うようになるという通俗性に堕ちるのだ。むしろギリシャ神話にあるような迷宮物語として読み解いたほうが面白いのではないだろうか。