北京のランダム・ウォーカー

習近平を激怒させた怪文書「ニーハオ! われわれは、忠誠なる共産党員だ」

そして人気コラムニストが失踪した

2016年03月28日(月) 近藤 大介
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〔PHOTO〕gettyimages

2010年4月に立ち上げました本コラムは、おかげさまで300回を迎えました。

連載を始めた当時、私は北京に住んでいました。日に日に「アジアの首都」と化していく北京のことが、日本であまりに紹介されていないので、その息吹を伝えていくことを使命と考えていました。

2016年3月の現在は、東京から発信しています。しかし6年前とは比較にならないほど中国との通信手段が発達したおかげで、毎週中国の最新事情を伝え続けることができています。

この6年で最大の変化は、13億7000万人を統治する指導者が、胡錦濤から習近平に代わったことです。習近平政権になってから15回、中国に足を運びましたが、国家というのはトップが代わっただけで、これほど変わるのかと思うくらい変わりました。

そこで今週は、習近平政権の「大枠の話」をします。引き続き中国を「定点観測」して参りますので、ご愛読のほど、よろしくお願い申し上げます。

著名コラムニスト、賈葭氏の失踪

3月18日、香港メディアが一斉に、著名な中国のコラムニスト、賈葭(Jia Jia 35歳)氏が失踪したというニュースを伝えた。

彼は長く、中国で一番人気の週刊誌『看天下』のコラムニストをしていた。私も2011年から2014年まで、同誌のコラムニストを3年間務めていたため、いつも隣のページに掲載される彼のコラムを愛読していた。それだけに、青天の霹靂のニュースだった。

香港のイニシウム・メディアは、次のように報じた。

3月15日夜8時過ぎ、新著『私の二都市物語』を上梓したばかりの賈葭は、その北京と香港の観察記を携えて、北京空港から香港に向かおうとしていた。2日後に香港市立大学で開かれる出版記念イベントに出席するためだ。

空港の税関をパスして、夜8時15分にゲートカウンターに着いた賈葭は、妻に(いまから搭乗すると)電話した。

だが夜11時半に香港の空港に飛行機が着いた時には、賈葭は乗っていなかった。また、翌日ランチを約束していた友人のもとにも現れなかった。

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