読書人の雑誌『本』より
2016年03月26日(土) いとうせいこう

20世紀を代表する「恋愛事例」!?
スマホもLINEもない時代のロマンス

いとうせいこう『我々の恋愛』

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Photo:iStock


文/いとうせいこう(作家)

スマホもLINEもない時代の恋愛模様

2001年、山梨県のとあるホテルで「世界恋愛学会」が開催され、十数ヵ国の恋愛学者による討議の末、20世紀を代表するひと組の男女の恋愛が選ばれた。それは日本の1994年から翌年までの、ある意味平凡な事例であった。

一方、学会から母国に帰る関西国際空港内で、トルコの大詩人カシム・ユルマズは第二次大戦終結直後に神戸で出会った日本人女性と再会する。彼女、島橋百合子は早くに夫を亡くし、娘を育て終えていた。

このふたつの虚構が20世紀を描き出すよすがになればいい、と私は考えていた。いわば恋愛を通して作られた全体小説というようなものである。それが『我々の恋愛』だ。

とはいえ、決して重苦しい作品ではない。おそらく原稿用紙八百枚を超す長編を描く間、少くとも私はよく吹き出し笑いをしたし、ひたすら面白い話であることを目指した。そもそも「世界恋愛学会」という機構自体あり得ない。20世紀を代表する恋愛というのもおかしな話だ。

恋愛学者が次々と詳細な報告をするスタイルだから、語り手も数多い。日本代表佐治真澄、オランダ代表エマ・ビーヘル、米国代表ヘレン・フェレイラ、台湾代表金郭盛、タイ代表にいたっては故アピチャイ・パームアンと記され、すでにこの世にいない。他にも数名いる学者たちは各々の文体を持ち、恋愛観も異なるから、ひとつの平凡な恋愛は自然に複雑怪奇なスペクタクルに見えてくるはずだ。

男女の片方は華島徹という若者で、『あらはばきランド』という都内の遊園地に勤めている。担当するアトラクションは「レイン・レイン」といって、世界中の様々な雨が体験出来る施設である。そこで徹は先輩の雨職人から留守番電話をもらいうけ、のちに恋愛相手となる遠野美和からの間違い電話を受ける。

設定の1994年にはまだ携帯電話が普及していない。だから恋人たちは“背後に親の監視のある”“同僚たちが進展にちょっかいを出す”“ナンバーディスプレイもないから誰がかけてきているかわからず、切れてしまえばコールバック出来ない”世界にいる。

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