国家・民族
日本人にとって「君が代」とは何か? ネットにあふれるトンデモ解釈
劣化する論争に終止符を!
辻田 真佐憲 プロフィール

歴史を学んで乱暴な議論を乗り越えよ

歴史や伝統を顧みないある種の「左翼」ならばともかく、「保守」を標榜する者が、口では「君が代」を大切にするといいながら、その実、歴史もロクに参照せず、でたらめな根拠で他人に食って掛かる。これこそ議論が劣化した最大の原因である。

この背景には、いわゆる「ネット右翼」(ネトウヨ)の問題がある。ネット上で「君が代」を「踏み絵」として用いる者たちも、「ネット右翼」と呼ばれることが多い。

だが、こと「君が代」に関する限り、彼らは「保守」でも「右翼」でもない。それは「君」の解釈を通じてすでに見たとおりだ。彼らの同類をあえて探すとすれば、それは、中国の「反日デモ」において「愛国無罪」をかかげて日本製品を破壊してまわった暴徒(モブ)であろう。それゆえ、彼らはむしろ「ネットモブ」とでも呼ぶのがふさわしい。

一昔前ならば、「ネットモブ」の主張など、クレーマーの暴論としてただちに排除されたに違いない。ところが、「ネットモブ」が「ネット右翼」と呼ばれたために、その主張も「保守」や「右翼」のものと勘違いされてしまった。

この結果、昨今のナショナリズムの「再評価」とあいまって、歴史的な経緯に詳らかではないネットユーザーのなかで、劣化した議論が急速に肥大化してしまった。白黒図式で敵味方を判別するやり方は確かにわかりやすくもあった。

ただ、こうした負の連鎖はそろそろ断ち切らなければならない。

現在、日本人の「君が代」に対する関心は決して低くない。筆者は昨年「君が代」の歴史をまとめた『ふしぎな君が代』(幻冬舎新書)を上梓し、それ以降、様々な媒体で「君が代」について発信してきたが、毎回実に多種多様な反応が寄せられる。

クレーマー的な言いがかりも多いが(なかには「君が代」と聞いただけで虫酸が走るらしき典型的な「左翼的」反応もある)、歴史を踏まえて国歌問題を考えようという意見も少なくない。これはよい兆候である。国歌が国民のものである以上、幅広い議論が不可欠だからだ。

ただ、最終的にいかなる意見を持つにせよ、国歌という国のシンボルを扱うからには、ある程度歴史を踏まえなければならない。改めて繰り返さないが、「君が代」には(とうてい白黒で二分化できないほどの)実に奥深い歴史がある。「君が代」は「ネットモブ」が弄んでいい玩具ではないし、彼らが敵味方を判別し、敵に食って掛かるための便利な「踏み絵」でもない。

2020年には東京オリンピック・パラリンピックも催される。国歌はそのときにも問題になるだろう。現在こそ、ひとりひとりが歴史を振り返り、「君が代」の問題に向き合う好機ではないだろうか。このときにあたって、「愛国無罪」のクレーマーたちの跳梁跋扈は百害あって一利なしである。

辻田 真佐憲(つじた・まさのり)
1984年大阪府生まれ。文筆家、近現代史研究者。慶應義塾大学文学部卒業。同大学大学院文学研究科を経て、現在、政治と文化・娯楽の関係を中心に執筆活動を行う。単著に『たのしいプロパガンダ』(イースト新書Q)、『ふしぎな君が代』(幻冬舎新書)、『日本の軍歌 国民的音楽の歴史』(幻冬舎新書)、『愛国とレコード 幻の大名古屋軍歌とアサヒ蓄音器商会』(えにし書房)などがある。監修CDに『日本の軍歌アーカイブス』(ビクターエンタテインメント)、『出征兵士を送る歌 これが軍歌だ!』(キングレコード)、『みんな輪になれ 軍国音頭の世界』(ぐらもくらぶ)などがある。