やっかいな「ダークツーリズム」 ~言葉のひとり歩きが“遺産の価値”を曖昧にする

フクシマ、チェルノブイリ、オキナワ…
岡本 亮輔 プロフィール
このエントリーをはてなブックマークに追加
原爆ドーム 〔PHOTO〕gettyimages

原爆ドームをめぐる複数の解釈

広島の原爆ドームを例に考えてみよう。

原爆ドームは、人類最初の核兵器の使用の痕跡を留めた場所だ。中学や高校の修学旅行の行き先にも選ばれる。世代によって、生まれ育った地域によって差はあるかもしれないが、ほとんどの日本人にとっては、原爆ドームは明るい観光地ではない。そして、同地をダークツーリズムの対象として数えることに、特大の違和感はないはずだ。

しかし、日本人以外にとって、とりわけ原爆を投下した米国人においては話が異なってくる。

原爆ドームは世界文化遺産に登録されている。世界遺産に登録されるかどうかは、世界遺産条約の批准国の政府が登録候補を推薦し、委員会での審議を経て、投票によって決められる。

原爆ドームは、1996年に世界遺産登録されたが、米国は登録に反対した。米国の主張は、原爆使用は当時の歴史的文脈を理解しなければならず、そもそも原爆ドームのような戦争遺産の世界遺産登録は不適切である、というものだった。

米国の論理では、原爆投下によって本土決戦が回避され、多くの軍人の命が守られたというのだ。中国も、原爆ドームの世界遺産登録は戦争の被害者がアジア諸国民であることを隠蔽するものだとして投票を棄権した。

注目したいのは、原爆ドームという場をめぐって、複数の解釈が生まれている点だ。多くの日本人にとって、原爆ドームは戦争と核兵器の悲惨さを留めた場所として記憶されるべきだと感じられる。だが、戦勝国の論理では、そうした感慨は正当な歴史認識の欠落がもたらす誤りだというのである。

先に挙げた軍艦島も、最近、論争の対象になった。軍艦島については、社会学者の木村至聖氏が優れた著作『産業遺産の記憶と表象――「軍艦島」をめぐるポリティクス』を発表している。軍艦島は、明治期から1970年代まで海底炭鉱として栄えた島だ。そして昨年、「明治日本の産業革命遺産」の構成資産の一つとして世界文化遺産に登録された。

日本政府の立場は、軍艦島は日本の重工業の発展を支えた産業遺産であり、東アジアの近代化のシンボルとして価値があるというものだ。だが、韓国政府が同島で強制労働があったと主張し、登録阻止に動いた。「forced to work」をどのように訳すのかが話題になったのを記憶している人もいるのではないだろうか。

記事をツイート 記事をシェア 記事をブックマーク