朝吹真理子の「ものがたり」の源流~狂気や冷酷さを深く受け入れることからはじまる。
朝吹真理子×向田麻衣【第2回】
朝吹真理子さんと向田麻衣さん
書くことは降って湧いてきたイメージに合う言葉を探す作業で、自分自身はそのイメージと言葉をつなぐ「チューブ」のような存在だという、作家の朝吹真理子さん。今回は子どもの頃の話から、ものがたりを紡ぐ、その源流を紐解きます(構成・徳瑠里香/写真・三浦咲恵)

第1回はこちらからご覧ください。

自分が存在しなくても絶えず世界はある、ということを祝福したい

向田: 真理子さんの子どもの頃の話を聞いてみたいな、と。

朝吹: 子どもの頃。うーん、写真を見返すとかなりおちゃらけた写真ばかりあるのだけれど、根本に「明るい諦念」があったと思う。ネガティブではないのだけれど、生きて消える宿命の諦念がしみ込んでいる。どうしようもないから、楽しく生きるしかない、という。自分の人生はいつなくなってもいいな、と思っていました。

鉱物の雲母がすごく好きだったの。雲母の好きなところは、薄くて、はがれてすぐに形体が崩れて、あったものが散り散りになって、光とか埃みたいなものになって消えていってしまうところ。そういう感じで自分の身体も磨滅して、光の塵のなかに混ざっていって、キラっとさせるかたちでどこかに行ってしまったらいいな、と思っていた。

自分がいなくても絶えず世界はある、そのことを祝福したいから、自分があるということが窮屈だった。だから光の粒になってサッと流れついていきたいと思っていたの。今はちょっと生きることへの欲望があるのだけれど。

時間の川が流れのうえで、人類は瞬間的な存在ですよね。いずれそう遠くない未来に滅びるでしょ。さらに私個人の人生なんて、ほんの一瞬の点でしかない。でも、その点が続いていって、歴史の線を今描いていることは美しいとも思います。

時計的な時間と生の時間の狭間で

向田: 一瞬の美しい光が目に浮かんだよ。それは何歳くらいにイメージしたの?

朝吹: 3~4歳くらいの時かなあ。まだ時計が読めなかった頃。時計を読めるようになったのがすごく遅くて、時間があることはわかっていたけれど、時計がわからなかった。人間には、時計的に生きる時間とはべつの時間がある。ときどき、裂け目のように生の時間が飛び出してくる感覚があって。