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なぜこの宇宙は存在するのか?
ヒッグス粒子発見は始まりにすぎない

小林富雄『超対称性理論とは何か』
〔photo〕iStock

 

なぜ「この宇宙」は存在するのか?
ヒッグス粒子、重力波につづく、現代物理学最大のテーマに迫る!

ヒッグス粒子発見は始まりにすぎない。なぜ超対称性が必要なのか? 標準理論に残された「階層性問題」を解決し、謎だった「暗黒物質」の正体をつきとめ、さらに「力の大統一」が達成される──。素粒子と時空を結びつけ、「なぜこの宇宙が存在するのか」という根源的な問いに、CERN・LHCで日本チームを率いヒッグス粒子発見に携わった著者が迫ります。

はじめに

この自然界は対称性に満ちあふれています。美しい雪の結晶や水晶、太陽や満月、植物の葉、それから動物にも対称性が見られます。私たちが対称性という言葉でまず思い浮かべるのは、左右対称性でしょうか。ひとの顔や蝶のように、鏡に映した像と同じになる鏡像対称性のことですね。それから、太陽や満月のような円。これは回転対称性といって、どんな角度に回転しても同じになります。

私たちの美的感覚の中にも、対称性は深く浸透しているようです。ひとが作った建築物や絵画、美術品にも対称性は多く用いられていますし、音楽にもある種の対称性が潜んでいます。聴いて心地よい協和音などはその例といえます。

しかし、この世の中で完全無欠な対称性が稀であることも、また確かなことです。今挙げたどの例も、厳密に数学的な対称性からは多少なりともずれています。イギリスの哲学者フランス・ベーコンも、「プロポーションにおいて何らかの奇妙さがないものに、素晴らしい美はない」といっています。音楽でも、不協和音が入ることで、協和音の美しさが引き立つ効果があります。

自然界が何からできていて、どんなしくみで働いているのか、物質を構成する究極の粒子は何か、宇宙はどのように始まったのだろう……こんな謎に挑戦しているのが素粒子物理学です。

すべての物質は分子・原子からできているということは中学校でも教えられていますが、原子はさらに電子と原子核から構成され、原子核は陽子と中性子からできていることもよく知られています。そして、その陽子や中性子も構造を持っており、じつはクォークやグルーオンとよばれるさらに小さな素粒子から構成されていることも分かってきています。

素粒子物理学の世界も、対称性に満ちあふれています。いやそれだけでなく、対称性こそ、素粒子の世界を支配する原理であり、本質的なものなのです。

素粒子の間にはいろいろな力が働いていますが、その力の源が「ゲージ対称性」であるというのが、現在の素粒子物理学の到達点である、「素粒子の標準理論」です。本書の前半では、この理論が作り上げられるまでの背景についてお話しします。対称性が、時空やさまざまな空間の幾何学と密接に関わっていることも、明らかになってくるでしょう。

ゲージ対称性にもとづく理論(一般的にゲージ理論とよばれます)では、登場する粒子の質量はすべてゼロです。それは理論に質量を持ち込むと、ゲージ対称性がこわれてしまうからです。

しかし現実の私たちの世界は、質量を持った素粒子で作られていることは明らかです。このギャップを埋めるのが、南部陽一郎さんが考案した「自発的対称性の破れ」です。南部さんはこの業績で2008年度のノーベル物理学賞を受賞しました。

2012年7月に、「ヒッグス粒子」とみられる新粒子の発見が発表されました。「神の素粒子」とよばれることもあるこの粒子は、宇宙のビッグバン直後に姿を現して、万物に質量を与える役目を担ったと考えられています。

その「素粒子に質量を与える機構」を理論的に発見したのはピーター・ヒッグスやフランソワ・アングレールたちで、南部さんの「自発的対称性の破れ」の考えを応用して、この機構を編み出しました。さらにヒッグスは、この機構にともなって新粒子が存在することも予言したのです(それで「ヒッグス粒子」とよばれます)。これらの理論的発見は1964年のことでした。

ヒッグス粒子とみられる新粒子は、2013年には確かに「ヒッグス粒子」であると確認されました。そしてアングレールとヒッグスは、2013年度のノーベル物理学賞を受賞しました。ヒッグス粒子の発見は、素粒子物理学の歴史の中で、数十年に一度というくらい大きなものであったといえるでしょう。

これでひとまず、非常に美しい対称性とそれを巧妙に破る機構を兼ね備えた標準理論は完成しました。ですが、この宇宙にはまだ多くの謎が残されています。自然界に存在する4つの力のうち、3つまでは標準理論で説明できますが、4つ目の重力を素粒子物理的に理解することには成功していません。それになによりも、標準理論自体に不満足な点が多々あるのです。その最たるものが、ヒッグス粒子自体の質量にまつわるものなのです。

これらの問題の多くを解決し、重力まで含めたすべての力を統一的に理解する可能性を秘めているのが、「超対称性」とよばれるまったく新しい対称性です。

それぞれの素粒子は、「スピン」とよばれる自転のような性質を持っています。超対称性は、異なるスピンの素粒子を結び付ける対称性のことです。また超対称性は、時空の対称性を最大限に拡張したものともなっています。ですから、超対称性は素粒子と時空を結び付ける究極の対称性とも考えられるのです。しかもそのうえ、まだ発見されてもいないこの対称性は、他の対称性と同様に、少しだけ破れていなければならないのです。

話がこみ入って、分かりにくくなってきましたね。大丈夫です。これらをこれからゆっくり解き明かしていきます。とにかく「対称性とその破れ」、これが本書のメーンテーマです。

そしてそのゴールは「超対称性」ですが、どんなにきれいな対称性にもとづいた美しい理論でも、実験的に検証されなければ絵に描いた餅です。

ヒッグス粒子が発見され、素粒子物理はこれから標準理論を超える世界の探求に入ります。ヒッグス粒子を詳しく調べることで、その先が見えてくる可能性は大いにありますが、超対称性を直接発見しようという研究も現在進められています。ひょっとすると数年後には発見というニュースが聞かれるかもしれません。そういう狙いを持った実験についても紹介していきたいと思います。

まずは、素粒子の世界で見られる対称性についての概略と、超対称性について簡単な説明をすることから始めましょう。しかし、超対称性をより深く理解し、その美しさに触れてもらうには、少し準備が必要です。

その第一歩は、「スピン」についてよく理解することです。そのためには量子力学と相対性理論の知識が必要となりますが、できるだけかみ砕いて説明しましょう。

その次のステップが、素粒子の標準理論です。この理論の根幹をなしているのは「ゲージ対称性」です。この対称性とそれがどう破れているかが、この宇宙の深遠な原理となっているのです。ここまで理解できれば、超対称性の真髄に迫る準備ができたことになります。

このところ素粒子物理分野での日本人のノーベル賞受賞があいついでいます。2015年の物理学賞も、梶田隆章さんがニュートリノ振動の発見により受賞されました。この業績も、長年にわたるご苦労が実を結んだものといえます。

超対称性の誕生と発展の過程においても、日本人研究者が大きな貢献をしています。ここまでに至る道のりには、さまざまな面で多くの人が重要な役割を演じたストーリーが隠されています。本書を読み進めながら、そういう物語にも注目していただければ幸いです。

 

著者 小林富雄(こばやし・とみお) 
1950年千葉県生まれ。東京工業大学卒業、東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。理学博士。1993年より東京大学素粒子物理国際センター教授。2015年、東京大学を定年退職、同年より高エネルギー加速器研究機構国際連携推進室主任URA。一貫して最高エネルギー加速器を用いた国際共同実験に参加し、グルーオンの発見やヒッグス粒子発見、素粒子の世代数の決定、超対称性粒子探索などに貢献している。1994年から2015年までCERN・LHCにおけるATLAS実験の日本共同代表者を務めた。
『超対称性理論とは何か』
宇宙をつかさどる究極の対称性

小林富雄=著

発行年月日: 2016/03/20
ページ数: 232
シリーズ通巻番号: B1960

定価:本体  900円(税別)
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(前書きおよび著者情報は初版刊行時点のものです)

 

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