スマホ全盛期の今こそ、テレビが築いた”昭和のメチャクチャなノリ”が必要?
―倉本美津留とタナカカツキの往復書簡Ⅱ

放送作家として、実験的な企画や大喜利の仕組みを生み出してきた倉本美津留さん。1982年に大阪で活動をはじめ、90年代に東京へ。現在、『ダウンタウンDX』、Eテレの子ども番組『シャキーン!』、『浦沢直樹の漫勉』などを手がける。

これまで、『ダウンタウンのごっつええ感じ』、『伊東家の食卓』、『HEY! HEY! HEY! MUSIC CHAMP』などの名番組でお茶の間を賑わせてきた。『倉本美津留の超国語辞典』や『ことば絵本 明日のカルタ』といった、言葉やオモシロについて独自の視点で紐解く書籍も数多く出版。自身で曲を作り、ミュージシャンとしての活動もしている。

コップのフチ子など独自のエンタメコンテンツを生み出すタナカカツキさんは、倉本さんが手がけるテレビ番組に影響を受けてきたという。

タナカカツキさんから、倉本美津留さんへ。変わるメディア環境をどう捉えているのか? おもしろいコンテンツはどうやって生み出しているのか? これからのメディアをどう捉え、どんなコンテンツを作ろうとしているのか? メディア・コンテンツのこれまでとこれからをテーマにした、2人の往復書簡――。

〈倉本満津留さんとタナカカツキさんの往復書簡Ⅰ〉
「コップのフチ子は単なるガチャガチャじゃない、変なメディアなんですよ」

どんどんスピードが速くなるメディア環境

倉本さんへ

僕は昭和のエッセンスで成り立っているわけですが、それはまさに倉本さんが手がけられたテレビの影響も大きいです。倉本さんが作るテレビを見て育った第一世代ですから。「これどうすんねん、ありえへん、めっちゃおもろい!」ってテレビに釘付けになった。そういうものを純粋に受け取って、大人になりました。

僕もそうですが、倉本さんの作品が「原液」となって世に出ているものはたくさんあると思いますよ。倉本さんには「あれもそれもおれが原液やで」ってテレビ番組をあげてほしいですわ。器の小さい、かっこ悪い倉本さんも見てみたい(笑)。

これまで見たことがないものを見るのは怖いし、いきなりおもろい!とはならへんかもしれんけど、倉本さんの作品はじわじわと心に爪痕を残す。修練でおもしろくなるものが多くて、僕はそういうものが好きです。

ちなみにその「原液」はどこから湧き出しているんですか?

昔、僕も関わらせてもらった笑い飯のコント番組『空想深夜番組どエンゼル』も一回見ただけでは多くの人は瞬時に理解できないと思います。何度も見て自分のなかに受け皿ができてくるとおもしろくなる。今みたいにせっかちだと吸収できないおもしろさがありますよね。我慢して~って思いますよ。

テレビでも週刊誌でも1週間待たされましたからね。見たいという欲求を一回抑えられるから期待感が膨らむ。でも今は番組もオンデマンドでまとめて見られちゃうし、マンガの連載も打ち切るのが早い。マンガ家はここからというところでみんないなくなっちゃう。単行本コミックになってようやくお金になるのに、週刊連載で投資して終わっちゃう。超せっかち。昔は週刊連載も早くて無理だと思っていたのに、インターネットが出てきてさらに、そのスピードは速くなりましたね。

倉本さんが感じるそういうメディア環境の変化があったら教えてください。

コンテンツをおもしろくするにはチームが重要

カツキへ

これまでいろんな番組を作ってきたけど、まだ誰もやっていないことをやるんだ!と新しいオモシロを生むんだ!と常に思ってやってきた。まさに「原液」を生み出したい、と。だけど、誰も見たことのない新しいものって、最初は違和感があるからすんなり受け入れられなかったりするんだよね。つまり、すぐには結果が出ないことも多い。でも、やっぱりおもしろいものを作りたい。誰もやっていないことを実現したい。

目に見えるかたちで実現していない企画は、画を描けないと、おもしろくなることがわからない。だから、まったく斬新なものは、得てして企画が通りにくい。会議でポカンとされることもある。そこで大事なのは、その「実現したときの画が見える状態」に、1人だけでも連れていくこと。これって、新しい笑いをもった芸人が世間に認められていくプロセスと実は同じで。つまり、世の中には新しい種類のおもしろさがすぐにわかる人間となかなかわからない人間とがいる。才能のある無名な芸人が客前でネタをやると往々にしてあまり受けない。だけど、その客の中に、ほんの何人かだけ、「めっちゃおもしろい!」と気づく人間が必ずいたりする。そういう客が新しい芸人を育てていく。それと同じ。会議でも、オモシロ察知能力の高いキーパーソンを見定めて、そこに向かってプレゼンする。

1人でも画を共有できるキーマンがいたらこっちものもん。見えている人間が増えたら、違う方向の説得力が増えるわけで、じわじわ伝わっていく。例えるならジョン・レノンとポール・マッカートニーの関係を作る。「誰もわかってくれなくてもいい」と突き抜けた音楽を作ったジョンと、その曲に共感して、それを世の中にわかりやすく伝えていくポール。2人の関係性があったからこそビートルズはこれほど偉大になった。

そういう相方がいるかどうかは創作には重要な問題で。局のディレクターにそういう相方がいてくれたお陰で、ぶっとんだ企画を相当実現できた。ボクのおかしな発想をおもしろいがって、そのコアをわかりやすくして世の中に伝えようと努力してくれるチームワークがあったから、とんがっているおもしろい番組を量産できた。そういう相方が本当に大事。

メディアの境がない今がおもしろい!

昭和のテレビを作っていた大人たちは、まとめにかかっていないから、みんなごつごつしていた。これはもう事故やろ!みたいなことを平気でテレビの中でやっていた。

今、テレビを作っているど真ん中の世代はみんな能力が高くて、大失敗も事故も少なく、常に合格点に持っていけるんだけど、それは逆に、ぶっ飛んだ企画が生まれにくくなっている状態とも言える。

懐古主義ではないけど、昭和の「いってまえ!」的なノリが、また求められるようになるんじゃないかな。いい意味でいい加減なものがメディアにガンガン出ていた時代に育った最後世代の放送作家として、今できる役割があると思う。

インターネットによってテレビとテレビ以外のメディアの境がなくなって混沌としてきている今だからこそ、敢えてタガを外してみたらいい。

みんなが見ているコンテンツがテレビからネットに移行していってるという、まさに新しい時代に突入している最中、逆に若い人たちだけがテレビに齧りつくような番組を作れたらおもしろいけどね。

テレビというメディアが登場したときは混沌としていて、試行錯誤の連続だった。とにかく壁にバンバンぶつかりながらいろんなモノを創造した。そのときと同じように、スマホの登場で、今はどのメディアで何をどう伝えたらいいかいろいろ試してる時代。テレビ局が本格的にネットメディアを立ち上げはじめているし、ネット発のテレビ番組のようなものが生まれようともしている。成功していると言いきれるものはまだない状態だから、今後の定番を生み出せる大チャンス。

今はまだスマホで誰もが定期的にめちゃめちゃ見たくなるコンテンツがない。嗜好が多様化していって、どんどん小規模でニッチなものに分かれていくという考えもあるけど、テレビでいうところの視聴率50%くらいの「みんなが見ている番組」を作れる可能性もやっぱりあるんちゃうかな。刺激的でぶっとんだコント番組を若い人たちがみんなスマホで見ていて、学校でみんなの共通の話題になるようなことが起きてもいい。

おもしろいことができるならメディアはなんでもいい

おもしろいことができるならどこでもいい。テレビでもスマホでもそれ以外のものでも。ぶっとんだコントとか、「なんじゃこりゃ」なジャンルもわからないような新しいことが発信できるならどこのメディアでもええねん。

カツキにも関わってもらった『どエンゼルス』を作ったのは10年以上前だったけど、番組終了後に寄せられた意見の7割くらいは批判的な感想だった。「こんな笑い飯見たくなかった」って(笑)。体験したことのない切り口を見て恐怖を感じたのかも。カツキが言うように、見れば見るほど、どんどんおもしろさが深くなってくるのにね。

ああいう強烈なものは、個人的に楽しめるスマホに向いているかもとも思えてきて、今いろいろ挑戦しているところ。ある民放局がスマホの局を立ち上げようとしてるんやけど、そこで無謀なお笑い番組を作ろうとしてる。無名の芸人の冠番組! すごい才能の新人コンビを見つけたから、もういきなり冠番組。独創的でクオリティーの高いネタをコンスタントに書けるヤツと、野性のアホ反射神経を持つヤツ。これからの新しい笑いの時代を、こいつらと作ろうと思ってる。

昭和のムチャクチャのノリをもったおっさんが、新しいメディアで、新しい芸人と、新しいことやろうと思ってるところ。カツキ、目撃してな!

倉本美津留(くらもと・みつる) /放送作家
「ダウンタウンDX」「浦沢直樹の漫勉」「M-1グランプリ」Eテレの子ども番組「シャキーン!」などを手掛ける。これまでの仕事に「ダウンタウンのごっつええ感じ」「伊東家の食卓」「たけしの万物創世記」ほか。近著に『倉本美津留の超国語辞典』『現代版 判じ絵本 ピースフル』(本秀康氏との共著)。
タナカカツキ /マンガ家
1966年大阪うまれ。1985年マンガ家デビュー。著書には『オッス!トン子ちゃん』、天久聖一との共著「バカドリル」などがある。週刊モーニングで『マンガ サ道』月イチ連載中 www.kaerucafe.com/

(取材:徳瑠里香、佐藤慶一/文:徳瑠里香/写真:岡村隆広)