東京五輪が未来に残すべき「レガシー」は何か? 答えはコレしかない!
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5年目の3月11日。追悼式に参列し、犠牲者のご冥福をお祈りしてきた。

都知事として、都民の生命と財産を守るために、危機管理には万全を尽くすが、3.11を振り返ると、自然の脅威の凄まじさに愕然としてしまう。

復興はこれからも長い道のりとなる。国民が連帯して希望の灯火を高く掲げたいと思う。東京都は、これからも復興支援に努めていく。

東北の復興なくして、2020年オリンピック・パラリンピック東京大会の成功はない。スポーツや文化を通じて、被災地を元気づけるような取り組みを続けていきたい。

今年はリオデジャネイロ大会が開催されるが、次期開催都市の代表として、私は閉会式に出席し、オリンピックとパラリンピックの旗を受け取ってくる。この旗を、東北をはじめ全国に持って行って、東京大会の機運醸成を図りたいと思っている。

東京五輪はどんな「副産物」を残すのか

ところで、1964年と2020年の違いはどこにあるのか。また、残すべきレガシーはどう異なるのか。端的に言えば、前者は「高度経済成長」、後者は「ゆとりある成熟社会」と言ってよいであろう。

戦争の惨禍から復興を目指した戦後の日本にとって、経済成長によって貧困から脱出し、先進国の仲間入りをする絶好の機会を与えたのが、1964年の東京オリンピック・パラリンピック大会であった。

当時高校1年生であった私の生活体験を振り返ってみても、大会を機に豊かになっていく日本の姿が鮮明によみがえる。新幹線や首都高速道路や拡幅された青山通りが、その象徴である。これらは、いずれもレガシーとして残っている。

しかしながら、高度経済成長は、負の副産物として、公害や環境汚染、拝金主義などを生んだ。首都高速道路も東京の景観を損ねた面もある。その後、環境保全、福祉の充実などが図られ、多くのマイナスの遺産は解消された。人々の生活も豊かになり、50年前と現在とでは、隔世の感がある。

その豊かになった日本は、2020年のオリンピック・パラリンピック東京大会では、何を目指し、何をレガシーとして残すのか。「ゆとりある成熟社会」こそが、その答えだと思う。