「不治の病でも阪神の絶対エースを目指す!」岩田稔の挑戦
特別インタビュー

阪神タイガースの岩田稔は、高校2年の冬に「1型糖尿病」を発症し、現在も1日4回のインスリン注射を打ちながら競技人生を歩んでいる。プロ11年目となる2016年シーズン開幕の日に、自身初の著書となる『やらな、しゃーない!1型糖尿病と不屈の左腕』(株式会社KADOKAWA)を上梓した岩田に、不治の病とともに歩んできた野球人生を振り返ってもらいながら、今シーズンにかける思いを語ってもらった。

“ムエンゴ”でも、しゃーない!

昨シーズン、岩田は自己最高となる170回1/3を投げた。これは、藤波晋太郎、ランディ・メッセンジャーについでチーム3番目となる投球回数である。しかし、これまでのプロ生活10年で、2桁勝利は08年のみ。好投してもなかなか打線の援護が得られず“ムエンゴ病”と揶揄されることもあった。それでも、岩田は「自分が打たれなければいいだけの話」と割り切り、自分が今やるべきことに集中している。

「昨年については、ケガがなかったことはプラス要素。170回1/3という数字に関しても、自信につながってはいるかなと。キャンプではこれまで使ってこなかったチェンジアップの感覚もつかめてきました。まだ強さもコースも中途半端なんで、改良が必要ですけどね。オープン戦では少し力んだところもありましたけど、全体的には順調に進んでいます」

今シーズンから阪神は金本知憲新監督が指揮をとることになり、チームが一新した。その金本監督は、岩田を「エースになる可能性もある」と太鼓判。優勝を待ち望むファンも「岩田、今年こそは!」と、もどかしい思いを期待に変えてエールを送る。

不治の病でも、野球ができる

岩田は2005年のドラフト会議で阪神タイガースに指名された。当時は「希望入団枠」の制度があり、岩田は入る球団を自分で選ぶことができた。阪神は、岩田にとって関西大学の大先輩にあたる村山実氏が所属していたチームであり、同じく大学の先輩である山口高志氏がスカウトを務めていたチームでもあった。それらも阪神を選んだ理由であることに間違いないが、ほかにもう一つ大きな理由があった。

「病院を変えたくなくて。前に一度病院を変えたんですけど、血糖値コントロールって結構デリケートなんですよ。プロの世界でやっていくにあたって、やっぱり今まで診てくれていた先生にお願いしたいなと思ったんです。阪神ファンには、『もっと熱い理由はないんか!』って怒られそうですけどね(笑)。でも、僕ら1型糖尿病患者にとっては、病院選びも命に関わる重要なことなんで」

インスリン注射を行う岩田投手

岩田は大阪桐蔭高校2年の冬、風邪を引いた際のウィルス感染が原因で1型糖尿病を発症。秋にエースナンバー「1」を与えられ、最後の夏は必ず甲子園に行くと心に決めた矢先の出来事だった。

1型糖尿病は、一度発症したら治らないとされる病。「もう野球ができなくなるのではないか――」そんな不安に駆られていた岩田に、担当医の竹川潔氏は一冊の本を手渡した。