植物を植えてもCO2は減らせない!? 身近な問題を「地球スケール」で考える
〔photo〕gettyimages

文/更科 功(分子古生物学者)

伝言ゲームが楽しい理由

私が小学生のときのことである。授業で伝言ゲームをしたことがあった。

教室の前に座っている児童の一人に、先生がある言葉を耳もとでささやく。つぎにその児童は、となりの児童に先生から聞いた言葉をささやく。そうして教室の後ろに座っている最後の児童まで、順々に言葉を伝えていくゲームである。

簡単なゲームだし、誰でも自分はまちがえないと思うようだ。しかし、言葉というものは意外と正確に伝わらないのだ。

教室には40人ぐらいの児童がいた。私は教室の後ろのほうに座っていたので、伝言ゲームの順番としては最後のほうだった。

後でわかったことだが、先生は最初の児童に「ハトが飛んだ」と言ったそうだ。しかし、左どなりの児童が私の耳もとでささやいた言葉は「あした」だった。すでに似ても似つかない言葉に変換されていたわけだが、もちろんそのときの私には、そんなことはわからなかった。

左どなりの児童から「あした」と聞かされた私は、ずいぶん短い言葉だなと思った。だが、ともかく私のするべきことは、右どなりの児童にその言葉を正確に伝えることだ。そこで私は右どなりの児童の耳もとでささやいた。

「あした」

すると、右どなりの児童は「えっ?」と聞き返した。言葉が短すぎておかしいと思ったのだろうと考えた私は、もう一度ゆっくりとささやいた。

「あした。これだけ」

すると右どなりの児童は納得したように頷き、それを反対側の児童に伝えた。

伝言ゲームが終わると、先生が最初の児童に伝えた言葉と、最後の児童が聞いた言葉を、黒板に書いた。最初は「はとがとんだ」だ。そして最後は「あしたこれだけ」だった。

それから先生は、児童全員に聞いた言葉を報告させた。すると七~八人が言葉を変えて伝えてしまったことがわかった。その七~八人のなかの一人とされた、私の右どなりの児童は不服そうにうったえた。

「だって更科くん(私のこと)は、たしかに『あしたこれだけ』って言いました。僕はまちがえていません」

いや、たしかにそうなんだけど……。

このように情報の変換が起きてしまうのは、なにも伝言ゲームのときだけではない。情報を伝達するときにはかならず起こる問題だ。