スポーツ

中田ヒデから半年遅れて欧州へ〜躓きの始まり

松原良香Vol.9

2016年03月13日(日) スポーツコミュニケーションズ,田崎健太
松原が所属したクロアチア・リエカのスタジアム

98年のシーズン、松原良香は所属していたジュビロ磐田で1試合も出場機会がなかった。そこで松原は日本を出ることにした。頭に浮かんだのは欧州だった。

まず磐田にいた外国人選手に欧州のクラブに強い代理人を紹介してもらい、プレー映像が収められたビデオを渡した。すると、代理人は興味を示してきた。

もちろん、これまでもらってきたような何千万円という年俸は無理だと松原は理解していた。収入は問題ではなかった。高いレベルで自分の力を試したい。ただ、それだけだった。

代理人が見つけてきたのは、プルヴァ・フルヴァッカ・ノゴメトナ・リーガ(プルヴァHNL)のNKリエカ(現HNKリエカ)というクラブだった。プルヴァHNLとは、クロアチアの1部リーグである。

クロアチアは東欧のサッカー強豪国だ。

91年にユーゴスラビアから離脱したクロアチア代表が参加した最初の大きな大会は96年ユーロ予選だった。イタリア代表と同組であったにもかかわらず、1位で本大会出場。本大会でも8強に入っている。

98年のフランス・ワールドカップでは、アルゼンチン、ジャマイカ、そして日本というグループリーグを2位で通過。決勝トーナメントを勝ち進み3位となっている。白地に赤色の市松模様のユニフォームを覚えている方は多いだろう。

クロアチアのクラブに移籍するのだと聞かされた松原は最初「どこにあるんだ」と首を傾げた。「ワールドカップに出ていたじゃないか」と代理人に教えられて、得点王となったダヴォル・シュケルの国だと気がついた。

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