電通マンが実践する「鬼気くばり」の極意を見よ!
「鬼」気くばりその32 書類に上司と並んでハンコを押すときは、上司より下に斜めに傾けてつく。

電通と博報堂の違いに気づいた日のこと

『気まぐれコンセプト』『東京いい店やれる店』などでおなじみのクリエーター集団、ホイチョイ・プロダクションズが、電通マンから教わった「気くばりの極意」をまとめた『電通マン36人に教わった36通りの「」気くばり』。本書の中から、電通の「気くばりの哲学」について書かれた部分を特別公開!

私事で恐縮だが、筆者は1970年代末から1980年代末にかけての10年間を、大手電機メーカーの宣伝部のサラリーマンとして過ごした。

当時の広告業界には、今みたいに「情報セキュリティ」とか「コンプライアンス」とかいったややこしい言葉はなかったから、広告代理店の営業は、朝から得意先の宣伝部のオフィスにズカズカ入って来て、宣伝部員に片端から「お茶でも、どうです?」と声をかけ、近くの喫茶店に誘っていった。

そんなとき、電通の営業が誘うのは、部長か部長代理ばかり。下に行ってもせいぜい30歳の主任止まりで、ボクらのような決裁権のない20代前半のペーペーの平社員や、窓際族の爺さんは絶対に誘われない。そういう様子を、ボクは苦々しい思いで眺めていた。

『電通・鬼十則』の第三則に、「大きな仕事と取り組め、小さな仕事は己れを小さくする」とあるが、どうせボクなんか「小さな仕事」の部類だよ、とひがんだりもしていた。

それに比べると、博報堂の営業は、一途というか愚直というか、決裁権のない若い宣伝部員でも平気でバンバンお茶に誘ってくれたから、ボクに限らず、たいていの広告主側の新入社員は、電通よりも博報堂の営業と一緒に多く時間を潰し、親しくなっていった。

広告のアイディアのよしあしで扱いを決める「競合プレゼン」で、博報堂の方がいいアイディアを持って来ても、キャンペーンの扱いは、たいていの場合、電通の方に行ってしまっていた。ボクら若手は、きっと、電通が日頃のおべっかや付け届けで決定権のある部長や副部長を抱き込んでいるからだ、と噂し合ったものだ。

昔から、ビジネスや政治の世界では、表からはよく見えないところで、接待・付け届け・裏取引といった手段を駆使して、こっそりものごとを進めるやり方を「寝業」と呼ぶが、ボクらは、電通みたいに「寝業」で仕事を取るのは邪道だ、広告の扱いは、ヒトに媚びるパフォーマンスではなく、クリエイティブ力やメディア・プランニング力で決められるべきだ、と思っていた。だから電通よりも博報堂を心から応援していた。

だが、仕事を続けるうちに、その考え方が、少しずつ変わり始めた。