なぜ日本の「政治改革」は頓挫したか? 自民党政治、終焉の始まり
「戦後レジームの正体」第10回(前編)
宮澤喜一元首相(首相在任1991-93)〔photo〕gettyimages

政権交代が容易になる政治改革

1988年5月、日本生産性本部の「別動隊」である社会経済国民会議が、国会制度、選挙制度、政治資金、政治倫理などを包括する「議会政治への提言」をまとめた。

中心となったのは住友電気工業会長の亀井正夫であった。亀井はかつての第二次臨時行政調査会の専門委員でもあり、政権交代が可能になる抜本的な政治改革の断行を強く求めたのである。

派閥の解消を目指す党近代化論がすっかり後退して、派閥や個人後援会が公然と容認され、利益誘導政治が定着して、金権政治が横行し、「討論の府」であるべき国会が「なれ合い政治」の場と化してしまっている。国民は政治に不信感、いや絶望感を抱いているが、このような状況になった最大の原因は、自民党長期政権であり政権交代の欠如である、とこの提言は強調していた。

そして、政権交代を可能にするために中選挙区制に代わる選挙制度として、小選挙区制ではなく、比例代表制の導入を主張したのである。

今回は、従来のように自民党の結束の強化、あるいは近代化のためではなく、自民党政権を続かせない、政権交代を可能にするための比例代表制の導入という考え方であった。

そして、亀井たちの主張に同調する財界人、学者、そして政治家も少なくなかったが、与野党の反対が強く、今回も現実の政治を変える引き金にはならないはずであった。

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