この国の政府は、原発避難者を「消滅」させようとしている
フクシマ5年後の真実
2016年3月2日、日比谷野外音楽堂で開かれたひだんれん(原発事故被害者団体連絡会)の集会〔筆者撮影〕

文/日野行介(毎日新聞)

何も悪いことをしていないのに…

「これで福島に帰らざるをえないけど、帰ったらきっと『これで納得した?』って聞かれる。全部自分のせいにされる。でも納得して帰る人なんて誰もいないと思う。今だって避難指示出してほしいくらい」

2017年3月末での住宅提供の打ち切りが発表された昨年夏、福島市からの母子避難を続ける倉本宏子さん(仮名、46)はそう訴えた。

取材は平日の午前中、倉本さんが避難する埼玉県内の街道沿いのハンバーガーショップ。夫を福島に残し、子どもを連れて「自主避難」する母親たちは多忙だ。一人で子どもの面倒を見ながら、パートを掛け持ちしている人も多い。取材のアポを入れるのも一苦労だ。

二重生活で支出は大幅に増えるにもかかわらず、自主避難ゆえに東京電力から支払われる賠償は乏しい。1世帯100~150万円程度だ。そこに「勝手に逃げた人たち」「もう大丈夫じゃないの」と、世間の無理解が追い打ちをかける。

何を言っても通じないと感じ、せめて子どもだけは守ろうと、周囲への警戒心を強め、孤立を深めていく。自らの窮状を広く訴えなければ変わらないと感じているが、自らをさらすことに躊躇せざるを得ない。

彼女たちは何も悪いことをしていない。

政府は事故直後の2011年4月、「緊急時だから」と言って、避難指示基準を年間20ミリシーベルトに設定した。本来の基準は年間1ミリシーベルトだ。11年12月の「収束宣言」で緊急時は去ったはずなのに、基準はそのまま据え置かれ、1ミリの方が「なかったこと」にされた。要は事故で上昇した線量をただ追認しただけだ。

だが20ミリ以下でも被ばくに変わりはない。それどころか倉本さんも住んでいた福島市南東部の新興住宅地では、事故直後に20ミリ超の地点が次々見つかり、避難指示を求める声が高まったにもかかわらず、国が認めなかったのだ。

もはや一般的になっているので使わざるを得ないが、「自主避難者」というより、一方的な線引きから疎外された「区域外避難者」という方がしっくりくる。

そんな自主避難者に対する行政による唯一の支援(この言葉にも違和感はあるが)が「みなし仮設住宅」の無償提供だった。自らを被害者と認める唯一の「証し」でもある。

今回の原発事故は、巨大地震と津波によって引き起こされた「複合災害」だ。国は発生直後、地震・津波と原発事故という原因で区別せず、同じ災害救助法に基づき「応急仮設住宅」を避難者に提供した。そして5年が経ち、「復興」と「自立」を名目に提供を打ち切ろうとしている。

しかし、自然災害による避難と原発避難は本質的に異なる。

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