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「左が無理なら、右で投げれば」
元ソフトバンク松中を救った父の言葉

あの名投手も利き手ではなかった

2016年03月04日(金) 二宮 清純
WBC日本代表としても活躍した〔PHOTO〕gettyimages

19年間のプロ野球選手生活にピリオドを打った松中信彦さん(元福岡ソフトバンク)は、一時期、右投げ左打ちだったため、「元々は右利き?」と聞かれることが多かったそうです。

本来は右利きながら、バッティングに有利との理由から、左打席に立つ選手は少なくありません。イチロー(マーリンズ)、松井秀喜(元ヤンキース)、前田智徳(元広島)、柳田悠岐(福岡ソフトバンク)、大谷翔平(北海道日本ハム)……。ちょっと考えただけでも、そうそうたる顔ぶれです。

ところが松中さんは生粋の左利きなのです。なぜ一時期、右で投げていたのでしょう?

八代一高(現秀岳館高)に入ったばかりのことです。熊本県下にはサウスポーの好投手が多く、その対策として来る日も来る日もバッティングピッチャーに駆り出されました。中学時代、軟式球しか握ったことのなかった松中さんにとって、硬式球でのピッチングはヒジに多大な負担をもたらせました。

ある日のことです。「急にヒジが曲がって伸びなくなりました。病院でレントゲンを撮ると、骨の中が空洞になっていて、普通なら白くなるところが透明に写っているんです。手術もできない状態だと。“あぁ、もうオレは野球できないんだ……”。絶望的な気持ちになりました」

助け船を出したのは父・敏治さんでした。

「左が無理なら、右で投げればいいじゃないか」

ワラにもすがる思いで松中さんは右投げの練習を始めました。

「もう必死でした。努力の甲斐あって、半年後にはある程度、投げられるようになりました。僕はあの時に努力の大切さを知りました。不可能なことでも努力すれば可能になるんだと……」

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