読書人の雑誌『本』
長寿社会における「死ぬ力」とはなにか
〜哲学者が真剣に考えてみた

[Photo:iStock]

(文/鷲田小彌太・哲学史家)

1 少年期、「これになりたい」という「願い」はなかった。ただし、「これになりたくない」はあった。警官と坊主と教師である。それに、声には出さなかったが、「家業」は継ぎたくなかった。小学6年の時、「将来の希望」という作文を書かされた。書くべき希望がない。しかたなく家業の「米屋を継ぎたい。」と書いた。それが父の耳に届いたらしい。「志が低い。」とはじめて叱責された。この父の声を密かな「証文」にして、家業から、家郷から「合法的な家出」をはかる密計を編み出し、実行した。

少年期から青年期にかけて、「死にたい」という念に駆られたことはなかった。だが、「夢の中」には、藻掻きながら奈落の底に落下する自分がいた。毎度、目が覚めると、金縛り状態である。二浪し、志望学部を変更してようやく大学に入ったときも、自縄自縛は解けなかった。

「これになるほかない。」と思えたときではなかったろうか。20代の半ばである。「悪夢」は消えた。代わって、なんでも望みが叶うヒーローになる夢を見る回数が多くなった。だがわたしがなりたいと思った仕事は、ヒーローとは無縁のものだ。

わたしにとって「夢」は「短い死」にちがいないな、と気づいたのは、ずっと後のこと、『脳死論』(1988)を書いたときだ。「メメント・モリ」(remember to die)である。

2 『死ぬ力』というテーマで講談社現代新書に書かないか、という注文を受けた。「死」に関する本は、何冊か書き下ろしている。それに「哲学」で「死」は身近なテーマだ。避けて通れない。しかもわたしにとって、死はどんどん間近になっている。「遺書」に近いものになっても困るが、書く力がふつふつと湧いてきた。これも「死ぬ力」にちがいない。予定の仕事を後回しにしても書きたい、と決した。だが難しい問題がある。

20世紀、もっとも「死」の想念(哲学)で影響を与えたのは、ハイデガー『存在と時間』(1927)である。わたしにとっては、木田元さんの「解釈」(『ハイデガー 存在と時間の構築』2000)である。しかし、ハイデガーでは、どんなに平明にいっても「死」と向き合うとき生まれる先のばし不能な「生きる」覚悟にこそ、人間本来の生き方がある、というのだから、人の心に届きにくい。屁理屈に思える。

死に臨んで、はじめて真の生き方を知ることができる、というのはたしかに「比喩」としてはわかる。でも、それでは、遅きに失する。「死ぬ覚悟」と、「臨死の覚悟」とは異なる。酔うと、「死ぬ覚悟なのだ!」と絶叫し、階段落ちをする若手の「哲学」研究者がいた。手に負えなかった。

わたしが採ったのは、アガサ・クリスティの作品名(と内容の一部)をなぞって、「死」がもつ巨大で、卑近(familiar)な力を論じようとする、行き方である。