読書人の雑誌『本』
自分と「合わない人」を許容できますか?
~”発達障害”を理解して環境に対処する生き方のヒント

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文/山口真美(中央大学文学部教授)

発達には目まぐるしい変化がある

発達障害の素顔』(講談社ブルーバックス)の執筆は、思い出との格闘でした。自身の子ども時代が思い起こされ、自分について再考させられました。それは、自分の中の「変わり者」を見つける過程でもありました。

セーターが首の周りでチクチクしてたえられない、タイツの締め付けが気持ち悪いなど、着心地にこだわって駄々をこねたこと。温泉の露天風呂の足の裏に感じるヌルヌルとした石の感触が苦手で、つま先立ちで歩いたこと。給食のおかずのにおいがなんともいえずに苦手で、食べられなかったこと……。何にでも過敏に反応して困ったエピソードが、次々に浮かんできました。

感覚過敏は発達障害の性質のひとつですが、特定の感覚が苦手というのは、誰しも体験したことがあるのではないでしょうか。

学校生活を振り返ると、小学校低学年の休み時間に好きな本をひとりで読んだり、ひとり空想しながら過ごしていたこともありました。その当時は、おとなしい子とか、読書好きな子などととらえてくれましたが、これが今の時代なら、「ちょっと気になる子」とみなされるかもしれません。

子ども時代から思春期にかけては、人間関係に思い悩むことも多いものです。私の頃は、いじめ・不登校・校内暴力が問題化し始めたころでした。中学校の窓ガラスが割られていたり、家庭内暴力があったりとか、目に見えてわかる暴力というかたちで、子どもたちのうっぷんは爆発していました。

仲間外れやちょっとしたイザコザはごく当たり前のことで、いつの間にか自分も仲直りしていました。人間関係の痛みを肌で感じながら、他者との交渉術を身に着けていたのです。

時代が変わって、最近の学校生活はもっと息苦しく窮屈になり、生きづらい環境になっているのではないでしょうか。子どもたちの暴力は見えないかたちになり、周りと同じでなければいけないという暗黙のプレッシャーは、より強固になったように思えます。

そもそも発達には目まぐるしい変化があり、誰もがその過程の中で「ちょっと気になる」存在になることは、ありうることでしょう。