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サラバ社畜人生!40歳で大企業を辞めた男たちが教える「稼ぐ思考法」
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安定した大企業を退社し、40代でリスクを取って新たなビジネスに挑戦する人が増えている。ジャーナリストの井上久男氏が、そんな「社畜人生」を捨てた男たちのその後を追ったルポ『会社に頼らないで一生働き続ける技術』を出版した。本書の中から、京セラと東京海上を辞めて起業した二人の物語を紹介する。

京セラ仕込みの営業力

2014年に上場を果たした「フルッタフルッタ」の長澤誠社長(54)は40歳の時、起業した。「フルッタ」はポルトガル語で果物という意味。社名はフルーツがいっぱいあることがイメージできるようにと付けた。

同社はアマゾンの果物「アサイー」を輸入、加工販売してきたパイオニアだ。「アサイー」はタリーズコーヒーが取り扱いを始めたことや、含まれる栄養素「ポリフェノール」が抗酸化機能を持つことなどから特に若い女性に人気を得てブレイクした。今ではスーパーや一部のコンビニでもアサイーを原料にしたジュースが取り扱われている。

実は長澤氏は京セラの営業マンだった。関西学院大学を出て、1986年に入社。北米市場で通信機器の営業を担当していた。「新人時代から可愛がってくれた役員の方が創業者の稲盛和夫氏と近かったこともあって、『稲盛流経営』に感化され、今でも影響を受けている」と長澤氏。

一方で、「会社は30歳で辞めようと思っていた」とも言う。当時、京セラは熱意があれば若くしても責任者となって、「アメーバ経営」によって経営感覚を体得し、もっと自分の力量を試したいと考える人も多かったそうだ。

長澤氏は30歳を目前に京セラで磨いたマーケティング技術を活かそうと、米国企業に転職、日本法人の営業部長に就いた。しかし、社風が合わず1年で退社、父が京都で経営する食品メーカーに入った。

「父の会社は、大手企業向けにOEM供給する会社だったため、景気変動による大手の業績動向に振り回されていました。自社技術を磨いて自社ブランドを持つ必要があるのではないかと肌で感じました」。