ドキュメンタリー映画監督・想田和弘さんの「わが人生最高の10冊」
迷ったときに立ち戻る「自分の機軸」

今を疎かにしてはいけない

僕の最新作『牡蠣工場』は、岡山の牡蠣養殖工場を定点観察したドキュメンタリーです。定点観察と言いつつ撮影する自分たちの存在も映り込んでいるんですが、観察者の存在によって「場」は必ず変化する。ですから、「観察映画」は必然的に、自分も含めた世界を観察するものになるんです。

僕は「被写体や題材に関するリサーチを行わない」「台本は書かない」「ナレーションを使わない」といった「観察映画の十戒」を自分に課してきました。一本のドキュメンタリーを完成させるまでには幾度も迷路に入るもの。「十戒」は、迷ったときに立ち戻る、原点です。

今回挙げたのは、十戒同様、自分の機軸となる本です。順位には、とくに意味はありません。

怒らないこと』の著者スマナサーラさんはスリランカの高僧。この本はブッダの本来の教えを説明した1冊です。

じつは、僕は非常に怒りっぽい。とにかく怒りは百害あって一利なしですが、そう分かっていながらも僕は怒る(笑)。それで、もう何十回も読み直しています。

スマナサーラさんによると、怒りを抑えようとしてはいけない。観察しなさい、というんですね。

ブッダは自分と世界を観察することで悟りを開いたと言われていて、この「観察」というキーワードは、映画における僕の手法とも通じています。

ただ、僕は悟りからはほど遠いので、カメラを構えている最中にどうしても雑念がわいてしまう。たとえば「この人、こういうこと言ってくれないかな」とか。あるいは「あっ、いまのカメラワーク失敗した!」とか。

前者は意識が未来にとらわれ、後者は過去にとらわれていて、どちらも「いま」が疎か。そういうときは「目の前の現実を観察するぞ」と気持ちを切り替えるんですね。そうすれば意識が「いま」に降りてきて集中できる。観察することが一種の瞑想になっていくんですよ。