酒問屋に嫁いだ露伴の娘・幸田文の真の強さ
~新川いまむかし

(Photo)iStock

四季を彩る折々のたのしみ、日々の生活を豊かにする智恵。日本人が大切に守ってきた生き方がここにある。曾祖父・幸田露伴、祖母・幸田文、母・青木玉、そして筆者へと、幸田家4代にわたって脈々と受け継がれてきた幸田家のくらしへの向き合い方とこだわり。 

新川いまむかし

文/青木奈緒(作家)

寒い季節の酒粕と大伯父

寒さがきつく、ことさら底冷えのするような晩には酒粕を使った粕汁がおいしい。鍋を火にかけているうちから、ぽかぽかと身体が温まる香りがあたりに広がる。

母がつくる粕汁には塩鮭が入っていて、そのほか大根、人参、里芋、油あげ、こんにゃく。お椀につけてから刻みねぎを青みに添える。季節が少し進むと、里芋やこんにゃくの具が抜けて、だんだんにお汁もさらさらと、お椀の中も春めいてくる。

「あなたの分はちゃんととってあるわよ」

母は粕汁をつくるときは、お湯で溶いた粕を味をつけずに小分けにしておいてくれた。夕飯は塩鮭入りの粕汁なのだが、つくりたてをほかの家族は食べても、アルコールに弱い母はほんのお味見程度しか口にしない。

お風呂あがりの寝しなになって、今度は私が溶いた粕に砂糖と生姜のしぼり汁を入れて甘酒をつくる。これを母と一緒に飲むのが私には何より楽しみだった。マグカップに軽く一杯で母は顔をまっ赤にし、そのままおやすみと寝てしまった。

小さいころから、寒い時季には酒粕が身近にあった。

毎年欠かさず、「清酒日本盛 酒のかす」と書かれた大きな重たい箱を、祖母の幸田文と私たちの家の分、ふた箱持って訪ねてくれる人があって、その人のことを祖母は友兄さんと呼んでいた。

子どものころかなりの人見知りだった私は、祖母のところへやって来るお客はなるべく顔をあわせないようにしていたのだが、この小柄でほがらかなおじいさんは例外だった。会えば大抵、

「幾ちゃんの孫がこんなに大きくなって」

と嬉しそうに言って、おだやかににこにこ笑っている。母に聞くと、友兄さんというのは私にとって母方の大伯父にあたる人だという。

「あなたのお祖父さんは早くに亡くなったから、会ったことないでしょ。友兄さんはあなたのお祖父さんのお兄さん。お祖父さん代わりみたいな人と思えばいいのよ」

学校帰りに挨拶をする年もあったし、会わずに終わった年もあった。お祖父さん代わりといっても、それ以上何を一緒にしたわけでも、ゆっくり話をしたわけでもなかったが、引っこみ思案の私にしては最大限の好意を寄せていた。