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マイナス金利「預金封鎖」に備えよ!
この財政再建には悪夢の「秘史」があった

銀行に預けていれば安全な時代ではない。預金引き出しに制限がかかる事態もあり得る〔PHOTO〕gettyimages

戦後日本で預金封鎖が断行されたのは1946年2月16日。それから70年後の2016年のまったく同日、マイナス金利が幕を開けたのは偶然ではない。すでに水面下で、21世紀版の預金封鎖は始まっていた。

財務省内の分科会ではすでに議論

日本銀行の黒田東彦総裁が決断したマイナス金利政策が、2月16日にスタートを切った。

しかし、日本の歴史上初めてとなる未曽有の政策は、幕を開けたそばからさっそく行き詰まりを見せている。

景気は上向く気配すらない。株も為替もふるわない。でも打てる策はもうない……。

日本経済はいよいよ待ったなしの袋小路。この先、日本全土には想像もしたくないおぞましい風景が広がる可能性すら出てきた。

「私がいま最も懸念しているのは、マイナス金利政策を含む現在の異常な金融政策の失敗が、日本にとっての『第2の敗戦』を招くことです。

日本では第二次世界大戦の敗戦後、預金封鎖と資産課税という国民の資産を暴力的に収奪する政策が断行されました。

現在の金融政策は市場の金利形成を歪め、財政規律を弛緩させています。ですが、このまま政府債務の膨張が続くなか、インフレ率が顕在化して長期金利が上昇すれば、財政は危機的な状況に陥る可能性がある。その延長で、いま再びの預金封鎖がよみがえってくるリスクが出てきている。

後世、この異常な金融政策の歴史は預金封鎖への前段だったとして刻まれかねない」(法政大学教授の小黒一正氏)

この現代において預金封鎖などという悪夢が復活するとはにわかに信じがたいかもしれないが、これは絵空事ではない。

恐ろしいことに、日本の中枢・財務省内においてすでに預金封鎖について議論が行われている。

財務官僚と経済の専門家らが財政問題について話し合う財政制度等審議会財政制度分科会。

財務省本庁舎4階の第3特別会議室で開かれたこの会で使われた資料の中に、預金封鎖が密かに取り上げられているのである。

この資料の正式名称は、『戦後の我が国財政の変遷と今後の課題』という。

2016年度の予算編成に向けて、麻生太郎財務相も出席した分科会での議論の下地になるものとして作成された。

その中の「戦後直後の混乱期における金融危機対策と財政再建」という項で、預金封鎖が詳細に紹介されている。

同資料によれば、〈戦後経済の再建を図るため、「預金封鎖」、「新円切替」を柱とする金融危機対策と、財産税等の特別課税等を柱とする財政再建計画が立案・公表される〉。戦後の崩壊した日本経済を立て直す劇薬として、預金封鎖が断行された旨が記されている。

また、当時は莫大な戦費負担が高じて、日本は深刻な財政危機に陥っていたため、〈戦後の債務処理を行い、財政再建の基盤を造成するため、財産税等の特別課税を柱とする「財政再建計画大綱要目」を閣議了解〉。国民の資産に丸ごと課税する「財産税」が創設され、その国民資産捕捉のためにも預金封鎖が必要だったというわけである。

当時は、預金封鎖が発表されると銀行窓口に庶民が殺到したが、引き出しは一ヵ月300円に制限。庶民は生活費もままならない中で、物々交換で凌ぐ悪夢のような生活苦を強いられた。

そのうえ、国民のあらゆる資産に課税する「財産税」は、当時の価値で10万円を超える財産を持つ個人がすべて課税対象となった。

最高90%という超高率の税率を課したため、超高額の税支払いに苦しみ、土地や株などで物納する者が続出。財産税の導入を発表した渋沢敬三蔵相自身も自宅物納を迫られ、皇室財産も天皇家個人の私的財産として課税された。まさに目も覆いたくなるような惨状が、日本全土に広がったのである。

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