賢者の知恵
2016年02月28日(日) 週刊現代

『あさが来た』感動のラストが近づいてきた!「史実の広岡家」はその後どうなったのか

週刊現代
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史実どおり、新次郎はあさより先に逝く? 〔PHOTO〕NHKホームページより

浅子と夫のビジネスは? 莫大な財産は? 娘は商売に目覚める? 「妾の子」はどうなる? あの豪邸は今も残る? 父・三井家との関係は?

「維新なんて知らないもの!」一人娘・千代に説教したら、こう言い返されて絶句するあさ。辣腕女性実業家も、子育てには四苦八苦だった。ドラマに描かれない、広岡浅子一家の「それから」とは。

本当は側室の子が4人いた

「振り返ってみれば、我が家の来し方は、近世から近代、そして現代へと続く日本の歴史そのもののような気もします」

苦笑まじりにこう語るのは、広岡和治氏(70歳)である。

広岡氏は、『あさが来た』のヒロイン・白岡あさ(波瑠)のモデルとなった広岡浅子のひ孫。終盤に入ったドラマの中で、あさは一人娘の千代(小芝風花)に手を焼いているが、モデルである浅子の一人娘・亀子が和治氏の祖母にあたる。

和治氏の述懐を聞く前に、ドラマの進み具合をおさらいしておこう。

時代は明治27(1894)年、日清戦争が起こり、軍需景気で明治の日本は沸いている。あさは、ドレスの裾を翻して颯爽と大阪の町を歩き、時には日本を代表する女性実業家として、婦人雑誌や新聞に取り上げられる名士になっている。炭鉱も銀行も順調で、夫の新次郎(玉木宏)は、阪神紡績の社長の座を譲って気楽な相談役に収まった。

功成り名遂げたあさだが、何か物足りなさを感じている。そんなあさの前に女子教育を提唱する成澤泉(瀬戸康史)が現れ、いよいよ最晩年まで打ち込むことになる女子教育と女子大設立へと突き進むことになるのだ。

ここしばらく、あさの一番の悩みは、娘の千代があさに心を開いてくれないことだ。千代は仕事に飛び回る母親に反発し、「私の夢は、いいお嫁さんになること」「仕事なんてしたくない」と事あるごとに言う。あさが女子教育に打ち込むようになる理由の一端は、娘の教育に思い悩んだこともあるのだろう。

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