感嘆!市川猿之助の覚悟とリアル 

「圧倒的な情熱」が成功する人の共通点だ

「歌舞伎の道は千日回峰行に等しい」

感嘆した。

市川猿之助と光永圓道の対談『千日回峰行者を訪ねる』は、1975年生まれのふたりが、仏教について、そして歌舞伎について語り合う。

仕事への向き合い方、身体と精神の関連について(たとえば病気、ケガの時に身体はどうやって動くのか)、深い、深い考察が続く。これから先の人生の中で何度かこの本を開くことになりそうだ。

まず驚かされるのは、猿之助の生半可ではない仏教の知識だ。伯父の市川猿翁が梅原猛とともに『ヤマトタケル』を世に送り出した影響から、猿之助は学生時代から梅原に耽溺し、膨大な知識を得る。

その教養を土台に猿之助がとにかくアグレッシブに阿闍梨に対して攻め込む。「千日回峰行は、ある意味、千日と区切るから気持ち的に楽なんではないでしょうか」。

こんな調子で前線からプレッシャーをどんどんかける。それに対して阿闍梨は守勢に立たされるものの、動じない。

全編を通して伝わってくるのは、猿之助の覚悟だ。彼は常々、「歌舞伎の道は千日回峰行に等しい」と言い切り、「仕来り、型、伝承、時間観念・・・、そして、踏み出したら、もう後戻りはできない。死ぬまでやり遂げなければならない」と歌舞伎への向き合い方を語る。

印象深いのは猿之助が仏教を愛していることだ。が、現代社会において影響力が限定されていることに苛立っている。若者の宗教、信仰離れが進んでいる中で、積極的な動きがないことに不満を感じ、阿闍梨にその思いをぶつける。

その回答から、ふたりの生き方の違いが浮かび上がる。猿之助はいう。「阿闍梨は求道者であり、私は創造者なのかなと思いました」。役者は観客あってのものであり、外へとパワーが向かう。しかし現代の仏教は内面に向かい、放熱しない。私はそこに課題があると見た。

私は猿之助贔屓だから、どうしても点が甘くなってしまうのかもしれないが、不惑の段階でここまで深く思索を掘り下げているのは並大抵のことではない。ここまでの教養を見せられると、「山伏問答」が有名な『勧進帳』の弁慶役を勤める日が来るのかどうか、気になる。