賢者の知恵
2016年02月19日(金) 細田マサシ

「最強」とはなにか。日本人で初めてムエタイ王者になったキックの鉄人に聞いてみた

【最強さん、いらっしゃい!】

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【PHOTO】iStock

タイではいまでも国賓級の扱い

「練習は毎日十時間はやっていたね。ジムワーク後に血尿が出たことなんて、一度や二度じゃあなかったよ。休みも一切なかった。だから、試合の日が待ち遠しかったよ。だって、試合の日だけは練習しなくていいじゃない。午前中に計量をパスしたら、メシを食って試合まで寝てられる。こんなに嬉しいことない。毎日試合でもいいなって思ってたよ(笑)」

「最強」──読んで字の如く「最も強い」という意味である。そして、それに該当する人物を指す。

実際に最強を名乗る人物、もしくは、最強と認められる人物に会ったという話はなかなか聞かない。ところが彼らは、意外にも我々のすぐ近くにいる。彼らの多くは「最強」の称号を得たのち、過去の栄光に依拠せず、清廉な日々を過ごしているのだ。

最強と呼ばれた彼らに会い、波乱に満ちた日々と、その身の鍛錬の方法について訊き、世界で闘う方法を学ぶ――。それが本稿『最強さん、いらっしゃい』の目的である。その第一回目に向かえるのは、「キックの鉄人」藤原敏男。タイ人以外の外国人で初めてムエタイ王者となった男の人生を手繰る。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

──ということで、最強といえばこの方。「キックの鉄人」藤原敏男先生のところにお邪魔しました。
藤原 いやいや、全然最強じゃないよ。日々自身の弱さを実感する毎日で。

──何をおっしゃいますか。70年代を代表する日本最強のキックボクサー。初代全日本ライト級王者。そしてタイ人以外で初めてタイの国技、ムエタイの王者に輝いた正真正銘最強の男です。タイでは今でも国賓級の待遇で、空港に着くとレッドカーペットが敷かれて、藤原先生の到着を待つと聞いています。
藤原 並べたねえ(笑)。

──いやいや! だって藤原先生は「生ける伝説」ですからね。「藤原敏男伝説」には限りがありませんが、猛練習についてのエピソードは、いまだに格闘技界で語り継がれていますよね。一日10時間の練習を欠かさなかったと聞いています。
藤原 まあ、猛練習っていうと、「やらされてたんですか」なんて訊いてくる人も多いんだけど、やらされていたんじゃなくて「これをやらないと俺は駄目だ」っていう気持ちがあったんだよね。

──その気持ちはどこから来ていたんですか?
藤原 単に「強くなりたい」っていう純粋な気持ち。っていうのも、俺はデビュー戦は運良く2RKO勝ちっていう幸先のいいスタートを切ったわけ。でも、2戦目でタイ人と当てられて、14回もダウン奪われて無残な判定負け。

──14回!
藤原 で、3戦目もタイ人ぶつけられて、このときなんか17回もダウン奪われた。

──いまでは考えられませんね……死んでもおかしくないレベルです。
藤原 それが本当に悔しくてさあ。「なんとかしてタイ人に勝ちたい」って思ったんだ。とすると強くなるしかないわけだから、自然と猛練習になるんだよ。先輩に大沢昇さん(極真空手出身。黎明期からの伝説のキックボクサー)がいて、大沢先輩が一日5~6時間練習やるって聞いて「俺も負けてらんねえな」と思って、10時間を目標にしてさ。

――うわぁ……。
藤原 「とにかくスタミナをつけよう」ってまず思ったんだ。キックボクシングは5Rだけど、10Rやっても切れないスタミナをつけようと。ロードワークも、ただ走るだけじゃなくて、ダッシュを何回か入れてたりとか強弱つけて何時間も走ったんだ。それにジムでも休憩なしで次々にメニューを課したり、3時間ぶっ続けたりとか。

──気が遠くなりますね。
藤原 あと、ちょっとやそっとじゃ壊れない身体の強さを手に入れたいと思った。だから、もし足を蹴られても、蹴った相手が痛がるような体にしようと。

──凄い発想ですね(笑)。
藤原 脛を硬くしようと思って、まずタイヤを蹴った。それが平気になったら今度は鉄柱蹴って。そしたら鋼鉄みたいになって(笑)。これは引退してからの話だけど、K―1のピーター・アーツが、俺がやっていた道場にテレビの取材で来たことがあってさ。あいつが「フジワラ、お前はどんな練習をしていたんだ」とか訊いてくるから、鉄柱蹴ってるところを見せてやったんだ。そしたら「オー、クレイジー」(笑)。

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