元「闘うフリーター」、日本の格闘技の未来を語る【所英男・特別インタビュー】

岡田 真理

シンデレラボーイ、誕生

総合格闘技のアマチュア大会で実績を積み、24歳の時リングスでプロデビュー。2002年からはリングスの流れを継ぐ格闘技イベント「ZST」を主戦場に活躍する。

ちょうどその頃、地上波で放送されていた「K-1 WORLD MAX」では魔裟斗や山本“KID”郁徳が人気を集め、大晦日に放送された「K-1 PREMIUM 2003 Dynamite!!」のボブ・サップvs曙戦では視聴率43パーセントを記録するなど、“格闘技ブーム”と言われる時代が到来していた。

「僕はファンとしてその様子を見ていました。自分とは別世界のものという感覚でしたね。そもそも、当時は軽量級の大きな舞台がなかったですから。ただ、すごいなぁと思って見ているだけでした。まさか自分がこういう大会に出ることになるなんて想像もしなかったですし、自分とは関係ないことだと思っていました」

2005年になると、前田日明がスーパーバイザーを務める総合格闘技イベント「HERO’S」が旗揚げされ、山本“KID”郁徳、須藤元気、宇野薫ら人気選手が参戦する70キロ級トーナメントが組まれることになった。

「ZSTにレミギウス・モリカビュチスというリトアニアの選手が出ていて、前田さんと当時K-1プロデューサーだった谷川貞治さんが会場に見に来ていたんです。その時の対戦相手が僕だったんですけど、そこで僕が勝ったことで目に留まったみたいで、声を掛けていただきました。それがHERO’S参戦のきっかけです」

2005年7月6日。この日が、その後の所の人生を大きく変えることになった。HERO’S ミドル級世界最強王者決定トーナメント一回戦。対戦相手はブラジルの総合格闘家、アレッシャンドリ・フランカ・ノゲイラ。元修斗世界ライト級王者である。

「テレビで放送されることはわかっていたんですけど、相手がすごく強い選手で絶対に勝てないと思っていたので、誰にもリングに上がることは言いませんでした。練習仲間はもちろん知っていたけど、両親や友達には言わなかったです。恥ずかしい思いをしたくなかったので」

“ギロチン帝王”と呼ばれるノゲイラのギロチンチョークを見事にかわし、結果は延長ラウンド8秒、バックブローで所のTKO勝ち。トーナメント優勝最有力候補を倒した所は、一夜にして“シンデレラボーイ”となった。

「あのバックブローの一発で僕の人生は変わりました。試合直後のパーティで、K-1の石井館長から『明日から人生変わるよ』と声を掛けられたんですけど、本当にその通りになってびっくりしましたね。あまりの変わりように戸惑いもあって、どんどん内に入ってしまいました。もっと目立ちたがり屋だったらよかったんですけど(笑)」