雑誌
『真田丸』を100倍楽しむ基礎知識
〜これを読めば大人気の理由がよくわかる

毎週見ているけどややこしいと感じる人も、今週から参戦したい人もこれだけ知れば大丈夫!

「時代」と「地理」を押さえる

「乱世、ここに極まれり―」

NHK大河ドラマ『真田丸』の幕開けは、戦国の世も大詰めの1582年(天正10年)。上杉謙信と武田信玄はすでに世を去り、その息子たちがしのぎを削った時代である。

そんな中、信州の弱小豪族「国衆(詳しくは後述)」にすぎない真田家が、いかに大名たちと渡り合い、たくましく生き抜くのか。本作の醍醐味は、まさにここにある。

同年は、戦国最大の激動の年だ。まず、真田家が長年仕えた武田家が滅亡。主君を失った真田家は、意を決して織田家につくが、今度は「本能寺の変」で信長が落命してしまう。

真田家が地盤としてきた「小県」のある信州は、上の地図でも分かる通り、四方を名だたる列強に囲まれている。後ろ盾を失えば、いつ誰が襲いかかってくるか分からない。真田家の強みは何だったのか。

ひとつは、惣領・昌幸(草刈正雄)の「謀略力」だ。昌幸は織田の懐に飛び込むにあたり、上杉あての偽の手紙を見せて「オレは上杉からも誘われている。雇ったほうが得だぞ」とアピールし、自分を高く売りつけた。何を隠そう昌幸は、のちに「表裏比興の者」(裏表ある食わせ者)の異名をとる、戦国きっての知恵者。息子の信幸(大泉洋)と信繁(堺雅人)は、したたかな昌幸の背中を見て成長してゆく。

もうひとつは、真田の所領・小県の絶妙な「位置」である。小県の近くには、中山道と上州街道が通る。列強はこの要衝を狙って兵を送り込むが、地の利を知り 尽くす真田に撃退された。これから描かれる「上田合戦」では、徳川の大軍を相手に、真田流の痛快な戦いぶりが見られるはずだ。