「宇宙戦艦ヤマト」の生みの親、アニメの”歴史をつくった悪党”西崎義展の狂気
1977年劇場版「宇宙戦艦ヤマト」公開映画館「池袋東急」正面

すごい男がいたもんだ。昭和の時代、私財をはたいて映画をつくり、その作品を誰もが知るものとし、刑事事件やスキャンダルにその名を残すも社会的に復活、そののち事故死。プロデューサー西崎義展(1934-2010)、享年75。彼の評伝「宇宙戦艦ヤマト」をつくった男 西崎義展の狂気に生々しく描かれたその生涯は、〈昭和外伝〉と呼ぶにふさわしい強烈な匂いを放つ。発売からたちまち増刷を重ねた本書の著者・牧村康正氏が、この“歴史をつくった悪党”の魅力について語った。

アニメの歴史を変えた男の狂気

――まずは、本書を書きあげた感想を。

牧村 読者の反響は想像以上でしたね。正直いって、西崎義展さんに関心がある人がここまで多いとは想像していませんでした。本書を執筆したそもそものきっかけは、「西崎義展という、凄まじく破天荒な男の一代記をぜひともまとめたい」と山田哲久さん(共著者)から申し入れがあったことです。

山田さんは、六年半にわたって西崎さんのスタッフでしたから、彼の悪党ぶりも豪快さもじかに知っている。現場をはなれてからも西崎さんとつきあいを続けた本書の筆頭証言者であり、仕掛け人でもあります。いわば、山田さんの熱意に巻き込まれて始めた執筆でした。

――もっとも気づいたことは。

牧村 なによりもまず、西崎さんの特異性です。彼の破天荒な伝説というのは生前からある程度マスコミを賑わせていましたが、その根っこには「良家の長男(第二子)」という生い立ちがある。本書に詳しく書いたとおり、西崎さんはたかだか中学受験の失敗で家出するしかないと思い詰めるほど、名門意識の強い父親を恐れ嫌っていた。彼が社会に出てからの奔放な振る舞いすべてが父親的な権威に対する反逆だったとも解釈できる。

フリージャーナリスト・牧村康正氏

そんな男が日本のアニメの歴史を変えた。「ヤマト以前」「ヤマト以後」という言葉があるように、子供向けの娯楽番組と捉えられていたアニメを、「宇宙戦艦ヤマト」が一気に受け手の層を広げたわけです。そこには、プロデューサーである西崎義展氏の「子供だましとはいわせない作品をつくるんだ」という猛烈な意気込みがありました。アニメには素人同然だったにもかかわらず、脚本にしても音楽にしても絵の迫力にしても、一流のスタッフを結集したからこその成果です。

そのために必要な金は、全額自前で挑みました。「金は払うが、口も出す」という典型的な独裁プロデューサーですけれども、やはりアニメ界でそういう発想と覚悟をもって臨んだ人は初めてだった、ということですよね。