読書人の雑誌『本』
すばらしき「アル中」の世界!依存症治療中に生まれた小説『踊り子と将棋指し』
[Photo:iStock]

(文/坂上琴)

「間違いありません。依存症ですね。広げた両手の指先が震えているでしょう。それだけで断定できる。酒を止めるしか回復の方法はありません」

白衣の医師が丸顔の眼を細めながら告げた。

「オレの人生、もう終わったな。アル中で、一生、酒も飲めないなんて」というのが、率直な感想だった。

医師は「入院にしますか、通院で治療しますか。まあ、通院で酒を止められる人は100人に1人くらいしかいない。3ヵ月入院して断酒治療を受けたら、1年後の断酒率は5割弱です。どっちにします?」。入院を勧められた。

51歳だった3年前、久里浜の病院を受診して宣告を受けた。この病気に完治はない。酒を飲まなければ普通に社会生活を営むことはできるが、酒を止めない限りは、いずれは連続飲酒発作が起きて、体力が続く限り、とめどなく飲んでしまう。肝硬変から肝臓がんが待ち受けている。

ブレーキが利かないのが病気なのだ。依存症者の平均死亡年齢は、飲酒の上での事故死や自殺も含めて、52歳くらいだという。

「どうせ酒を止めるなら、アルコール症治療では日本一と言われる久里浜で治療を受けて、スパッと止めよう」と決意して、入院した。

最初の3週間は、酒を抜き、体力を回復する静養期間だ。病院では時間は余るほどある。スマホで『将棋世界』を取り寄せて、詰め将棋を解いた。一向に上達しないが、将棋とは40年の付き合いになる。

私は中学生のころから広島将棋センターの先代の席主、本多冨治さん(2003年、73歳で没)の自宅道場に通い、六枚落ちから教わった。本多さんは、普及に功績のあった人に贈られる大山康晴賞を受賞した棋道師範で、広島の将棋普及の父とも呼ばれる人物だ。

広島将棋センターからは、故村山聖九段や山崎隆之八段、糸谷哲郎八段ら俊英を輩出しており、本多門下としては、私は村山九段らの兄弟子になる。エヘン。このことだけは、書いておきたかった。