現代新書
「言葉」だけで商談している人間は、仕事ができない〜「深層対話」の技法をどう身に付けるか
〔photo〕iStock

文/田坂広志

第1話 すべての分野で役に立つ「仕事の技法」は「深層対話の技法」

序話において、「仕事の技法」の根幹的技法は、「深層対話の技法」であると述べた。

そこで、まず最初に、著者が「深層対話」の重要性に気づき、その「深層対話力」を磨こうと考え、そのために「反省の習慣」を身につけた、「原点」となる体験を語ろう。

それは、34年前の、ある営業の場面。

著者が、大学院を終え、民間企業に就職し、新入社員として仕事を始めたばかりのこと。

配属になった営業部の仕事で、上司のA営業課長とともに、夕方、顧客企業でプロジェクトの企画提案を行った。その後、顧客企業のB部長、C課長、D担当の三人を会食に招き、さらにその後、銀座での深夜の飲み会へと、一連の接待を行った。

その最初の営業の場面が、いまも心に残っている。

接待を終え、最後に、顧客三人をタクシーで見送ったときには、すでに夜中の二時を回っていた。心の中で、「もう夜中の二時か……。明日は土曜日だが、また九時から仕事だ……。早く帰らなければ……」と思っていたところ、上司のA課長が、こう言った。

「田坂、コーヒーでも飲むか……」

一瞬、「早く帰りたい」と思ったが、折角の上司の誘い、慰労の意味もあるのかと思い、近くの深夜喫茶に足を運んだ。その喫茶店の片隅に二人で座り、注文したコーヒーがテーブルに出され、それを飲み始めると、やおら、その上司が、聞いてきた。

「田坂、お前、どう思った? あの夕方のこちらからの企画提案、あの技術仕様の説明のとき、先方のB部長、首をかしげていたな……。あれは、こちらの技術仕様に疑問があるのかな?」

突然の切り出しに、少し戸惑いながら、こう答えた。

「いや、気がつきませんでした……。しかし、B部長、会議の最後に『良い提案を有り難うございました』と言われましたよね……」

「それは、ご祝儀で、そう言うだろう。しかし、俺は気になったな……。田坂、明日の朝一番、先方に、あの技術仕様について、追加説明の資料をファックスで送っておいてくれ」

上司に、そう言われ、「分かりました」と答える間もなく、さらに、このA課長、次の質問をしてきた。

「その後の、会食のとき、隣に座った先方のC課長、このプロジェクトについて、分割発注もあるという言い方をしたのだが、お前、どう思う? これは、競合企業のE社に、半分の発注を決めたということかな?」

その質問に、少し身を乗り出しながら、答えた。

「いや、それは無いでしょう……。もしE社に発注を決めているならば、あの会議で、B部長が、あのような発言はしないでしょうから……」

A課長の質問は、まだ続く。

「田坂、あの最後の飲み会の席で、D担当が俺に、『B部長は、人が良いですからね……』と言ったのだが、お前、どう思う? あの部署は、B部長は人柄が良いので神輿にうまく乗っているが、神輿を担いで、実質的にプロジェクトの発注の判断をするのは、C課長ではないかな……」

「たしかに、そうかもしれませんね……。あのC課長の雰囲気からは、『このプロジェクトは自分が仕切っている』という自負が伝わってきましたね……」

そう答えると、すかさず、A課長は、言った。

「だったら、B部長を交えた次の会合までに、別途、C課長のアポを取ってくれ。内々、彼の了解が取れるかが鍵だな……」

帰りのタクシーの中で、一人、上司のA課長の言葉を思い返しながら、ふと気がついた。

あの深夜喫茶での会話、最初は、上司が私に、いろいろ質問をしながら、意見を聞いているのかと思ったが、そうではなかった。あの上司は、私に、その質疑を通じて、大切なことを教えてくれていた……。そのことに気がついた。

その瞬間、A課長の無言の声が聞こえてきた。

「田坂、いま終わったばかりの商談を、終わりっ放しにするな。その商談で、こちらの話に対して、相手の心がどう動いたのかを感じ取れ。また、相手が何かを語ったとき、その言葉の奥に、どのような思いがあったのかを振り返れ。そして、その相手の心の動きや思いに対して、こちらが、さらにどういう言葉を述べるべきであったのか、どのようなフォローアップのアクションを取るべきかを考えろ。商談においては、常に、顧客の無言の声に耳を傾けろ。表情の変化に心を配れ。その『反省』を怠るな……」

A課長は、そのことを教えてくれようとしたことに、気がついた。

これが、私にとって、営業の修業の、そして、ビジネスの修業の始まりであった。

それ以来、すべての商談において、この「反省」を行うことが、自分の習慣になった。いや、すべての商談だけでなく、すべての交渉や会議、会合において、この「反省」を行うことが習慣になった。

工学部の大学院の博士課程を5年、その前に、医学部の研究生を2年、学位は得たものの、同期の仲間に対して7年も遅れ、30歳になってようやく実社会に出た人間、その「遅れて来たランナー」が、こうしてビジネスの第一線を歩んでくることができたのは、このA課長という「仕事の達人」との出会いのお陰であり、A課長から教わった、この「反省の習慣」であった。そして、その「反省の習慣」の中から自分なりに編み出してきた「仕事の技法」のお陰であった。

その「仕事の技法」とは、序話において、すでに述べた。

「深層対話の技法」

すなわち、仕事において、社外での商談や交渉、社内での会議や会合などを行ったとき、必ず、その場面を振り返り、どのような「表層対話」が行われたかだけでなく、どのような「深層対話」が起こったかを振り返るという「反省の習慣」を持ち、その習慣を通じて、「深層対話の技法」を修得していったのである。

そして、その「深層対話の技法」によって身につけた「深層対話力」が、著者のプロフェッショナルへの道を拓いてくれた。著者のプロフェッショナルとしての可能性を、大きく開花させてくれた。

これから本書(『仕事の技法』)で語る「全23話」。この中では、著者が永年の経験の中で掴んだ「深層対話の技法」と「深層対話力」について、誰もが日々の仕事で経験する具体的場面を紹介しながら、できるだけ分かりやすく述べていこう。

どの一話も、読者自身の日々の仕事の経験と重ね合わせながら読まれるならば、そして、そこで学ばれた技法を、翌日の仕事において実践されるならば、必ず、「深層対話の技法」を修得し、「深層対話力」を身につけることができるだろう。

そして、読者が、それを身につけるならば、この第1話で紹介したような営業の分野にかぎらない、企画、開発、生産、サービス、総務、経理、人事、情報、広報、さらには、マネジメントや経営に至るまで、いかなる分野の仕事であっても、いかなる職種の仕事であっても、その「仕事力」を飛躍的に高め、プロフェッショナルとしての道を拓いていくことができるだろう。

その理由は、すでに述べた。

本書で述べる「深層対話の技法」とは、すべての仕事に共通する「根幹的技法」であり、すべての分野、すべての職種においてプロフェッショナルをめざす人に役立つ技法だからである。

例えば、この第一話で語ったA課長と著者の「深夜の反省会」の場面は、社外での商談の場面であるが、ここで語られている「深層対話の技法」は、そのまま、社内での会議における技法としても応用できるだろう。

例えば、社内での会議や会合を行ったとき、そこに出席したメンバーそれぞれの発言や表情、仕草や動作を振り返りながら、次のようなことを考えてみることである。

「Aさんの、あの発言は、どのような考えから出たのだろうか?」

「Bさんの、あの言葉の奥には、どのような思いがあるのだろうか?」

「Cさんの、あの表情は、どのような気持ちの表れだろうか?」

「Dさんの、あの首を傾げる仕草は、この話に疑問を持っているのだろうか?」

「Eさんが、あそこでメモを取ったのは、なぜだろうか?」

「Fさんは、どうして、あの質問をしたのだろうか?」

「Gさんの、あの質問には、あの答えで良かったのだろうか?」

「Hさんの、あの意見に対しては、どう答えるべきだったのだろうか?」

そうした問いを心に浮かべ、それぞれのメンバーの発言だけでなく、その発言の奥にある考えや思いを推察する。質問に対する答えが適切であったかを振り返る。それらを踏まえて、どのようなフォローアップのアクションを取るべきかを考える。

そうした形での応用である。

本書において紹介する様々な「仕事の場面」は、ぜひ、そういう形で、自身の仕事に重ね合わせ、自身の仕事に応用しながら読んで頂きたい。どの場面も、読者自身の仕事においても思い当たる「会話」や「心の動き」が書かれているだろう。

さて、では、いよいよ本題に入っていこう。

最初に、なぜ、「仕事」の根幹が、「対話」なのか?

なぜ、「表層対話」よりも、「深層対話」が重要なのか?

そのことを、社内での「作業依頼」の場面を通じて、考えてみよう。

これは、どの職場にもある、日常的な場面である。

その前に、この第1話のまとめを一言。

「仕事力」を飛躍的に高めるには「深層対話の技法」を身につけよ

*本記事は田坂広志氏の新著『仕事の技法』からの抜粋です。

田坂 広志(たさか ひろし)
1951年生まれ。74年東京大学卒業。81年同大学院修了。工学博士(原子力工学)。民間企業を経て、87年米国シンクタンク・バテル記念研究所客員研 究員。90年日本総合研究所の設立に参画、取締役等を歴任。2000年多摩大学大学院教授に就任、社会起業家論を開講。同年シンクタンク・ソフィアバンク を設立、代表に就任。08年世界経済フォーラム(ダボス会議)のGlobal Agenda Councilメンバーに就任。10年世界賢人会議ブダペスト・クラブの日本代表に就任。11年東日本大震災に伴い内閣官房参与に就任。13年「現実を変 革する七つの知性」を学ぶ場、「田坂塾」を開塾。著書は80冊余。
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