大阿闍梨を待ち受けたさらなる試練「断食、断水、不眠、不臥を9日間続ける『四無行』は、一歩間違えば確実に死です」
島地勝彦×塩沼亮潤 【第4回】

撮影:立木義浩

第3回【大阿闍梨が明かす少年時代

ヒノ 千日回峰の修行中はマムシがいちばん恐かったということですが、吉野の山にはツキノワグマもいるのでしょうか?

塩沼 いますよ。一度、襲われたことがあります。毎日、行日誌をつけていましたから、よく憶えています。460日目の、たしか朝8時ごろだったと思います。

ちょうど大峯山頂まであと2キロという地点でした。突然背後からドンドンドンドンという地響きが聞こえてきまして、なんだろうと思って振り向くと、大きな熊が迫ってきていました。まるで大きな冷蔵庫が飛んでくるような迫力でしたね。

距離は、そうですね、10メートルか15メートルぐらいでしょうか。牙をむき出しにした熊が「ウオー!」って唸りながらわたしをめがけて走ってきたんです。

シマジ 熊よけの鈴を鳴らしながら歩くものじゃないんですか?

塩沼 まったくその通りなんですが、鈴を鳴らしながら歩いていると、大自然の山の気や、風の音や、小鳥のさえずりが聞こえてこなくなるんですね。落石などの音も聞こえなくなる。そんなわけで、危険とは知りつつも熊よけの鈴は鳴らさずに歩いていたんです。

シマジ それで熊にはどう対処したんですか。ここにこうして大阿闍梨さまがいるところをみると、法力かなにかで襲ってくる熊をやっつけたんでしょうか。

塩沼 そのときは一瞬一瞬がスローモンションのように思えました。「これはマズいぞ。なにはともあれ逃げなくては」と判断して、走り出そうとする自分がそこにいました。

しかし必死に逃げようとしているのになかなか足が前に進みません。そういうと、なぜか頭のなかはとても冷静なんですよね。走っている間も「このままでは数秒後には背中から襲われる!」などと考えていました。

こうなったら腰に差している短刀で立ち向かおうか。いやそれでも間に合いそうにない。なぜなら短刀は普段は使いませんから、ビニールでグルグル巻きにしてあります。短刀で立ち向かうのは時間的に無理だなとスローモンションの刹那に判断しました。