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血税1兆円をドブに捨てた「住基ネット」〜元祖マイナンバー、あれはいったい何だったのか?

【怒りのレポート】
週刊現代 プロフィール

大きな理由は2つある。

ひとつ目は、「国民を番号で管理し、税金の取りっぱぐれをなくしたい」という、官僚という生き物の「本能」だ。

「そもそも、住基ネットやマイナンバーの大元である『国民総背番号制』のルーツは、'70年代の末まで遡ることができます。'79年の政府税制調査会答申では、徴税のための『グリーンカード』という案が登場しています」(全国紙社会部記者)

この「グリーンカード」は、国民一人一人に「納税者番号」を振って銀行口座と紐付け、所得を把握するというマイナンバーとそっくりの制度で、一度は国会を通過して準備も始まっていた。だが当時の郵政省が「ゆうちょ口座が激減する」などと猛反発、郵政族議員らに働きかけ、お蔵入りになったとされる。

でも間違いは認めない

その後、時が流れて'90年代後半になると、にわかに霞が関で国民総背番号制構想が復活してくる。背景には、猫も杓子も「IT革命」と叫ぶ、当時の時代の空気があった。誰もが目を輝かせる魔法の言葉「IT」に、官僚たちは目を付けたのだ。

もちろんこの時、彼らは内心で「この機会に住基ネットを構築しておいて、ゆくゆくは納税者番号とつなぎ、全国民の所得と納税額を把握しよう」と企んでいたが、正直にそう言えば反発をくらう。

「住基ネット導入はITで暮らしを便利にするためで、徴税のためなんかではありません」——こううそぶいて、国民の説得に成功したかに見えた。

「しかし、何とか法案成立に漕ぎ着けたものの、反対運動も根強く、住基ネットの利用には法律で厳しい制限がかけられました。当初、住基ネットは現在のマイナンバーのようにありとあらゆる用途に使うことが想定されていましたが、最終的には『行政サービスの提供に用途を限る』と決まってしまったのです」(前出・全国紙社会部記者)

真の目的を果たすことができなくなった住基ネットは、この時に、もはや無用の長物と化していた。しかし、動き出したら急には止まれず、「間違っていました」とは口が裂けても言わないのが、霞が関という怪物の常だ。

組織を作った。人も配置した。今さら、国民に「やっぱりやめます」なんて言えない——。「完璧な徴税」という野望が生み出した幽霊船・住基ネットは、こうして13年もの間、漂流を続けることになったのである。

天下り組織は温存

住基ネットに巨額の税金が費やされてきた、もうひとつの大きな理由は、いわゆる「IT利権」だ。