社会保障・雇用・労働
高速バス事故が繰り返される理由〜なぜこんなキケンな「安全基準」がまかり通っているのか
「自信がある」と答えたドライバーは4割未満!
〔photo〕gettyimages
2012年に起きた大事故のあと、国土交通省は高速バスの乗務距離について、新たな基準値を定めた。だが、その数字には重大な問題が潜んでいることを、2014年に刊行された『基準値のからくり』が指摘していた。以下に、同書の当該部分を全文掲載する。(*記事タイトルは編集部がつけたものです)

文・岸本充生(東京大学特任教授)

高速ツアーバス乗務距離の基準値

飲酒運転にかぎらず、交通安全の基準値は、事故や事件が起きてから強化されることが多い。高速バスの長距離運転に関する基準値も、例外ではない。

2007年2月18日早朝、大阪中央環状線を走行していたスキーツアーバスが、モノレールの支柱に激突し、アルバイトの添乗員が死亡するという事故が起きた。当初は運転手の居眠りが原因とされたが、その後の調べで、運転手の乗務時間が当時の法定基準を大幅に上回っていて、極度の過労状態にあったことが明らかになった。

当時は運転手の交替要員を配置するための基準は存在せず、管理は事業者に任されていた。その背景には、規制緩和によって貸切バス事業への新規参入が相次ぎ、事業者数が倍増したことで、一台当たりの営業収入が大きく落ち込むという、各事業者の切迫した経営状況があった。

この事故を受けて国土交通省は「貸切バスに関する安全等対策検討会」を設置し、2008年6月、「貸切バスの乗務距離に基づく交替運転者の配置指針」を定めた。読みとりにくい悪文だが、そのまま引用すれば、以下のとおりである。

「勤務時間等基準告示で定められた2日を平均した一日当たりの運転時間の上限(9時間)に相当する乗務距離の上限は670kmとする(高速道路における乗務距離に、一般道路の乗務距離を2倍〔北海道のみにおいて乗務する場合は1.7倍〕に換算したものを加算すること)」

要するに、一度にバスを運転できるのは2日までだが、その一日当たりの平均運転時間は9時間を超えてはならず、一日当たりの乗務距離は670kmを超えてはならない。ただし一般道路の乗務距離は2倍にして計算する(北海道は1.7倍)、というものである。

しかし、この数値は努力目標であり、法的な拘束力はなかった。

2010年9月、貸切バス事業の実態をくわしく調査した総務省は、国土交通省にこの指針の見直しを勧告した。指針に定めた乗務距離は、一部の事業者の運行実態をもとに算出したものであることなどを理由に、乗務距離の上限値を、運転者への生理学的影響を踏まえたものに改定するよう求めたのである。

これを受けて国土交通省は、業界団体や労働組合の関係者や有識者を集め、「バス事業のあり方検討会」を13回にわたり開催した。しかし、2012年3月末に提出された報告書は、運転時間・乗務距離の基準の見直しには触れていなかった。

ここには、国土交通省の持つ「二つの顔」が垣間見える。一つは、安全のために運輸業界を監視・規制するという顔、もう一つは、規制緩和などにより業界を育成し、利害を調整するという顔である。これらは時として矛盾する。

そして、この報告書から1ヵ月後、さらに大きなバス事故が発生する。

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