雑誌 現代新書
働き盛りのがん闘病記〜ほぼ同時進行ドキュメンタリー(2)「ちょっと待って!いきなり入院と言われても…」
朱郷 慶彦 プロフィール

「済生会中央病院さんか、慶應病院か、どちらで治療を希望されますか?」

「治療をするとすれば、できれば慶應病院でお願いしたいと思っています」

なにしろ5%の割引があるのだ。

「分かりました。それでは、とにかく抗がん剤の効き目がどの程度あるかどうか、まずは試してみませんか? 効き目を見て、その後の治療を考えましょう」

そ、そうですか。私は首を縦にガクガクと振る。

「抗がん剤治療には二週間程度の入院が必要になります。今日、入院の予約をとってしまいましょう。年末年始は慶應もベッドが埋まってしまいやすいですし……」

カレンダーをめくり始める女医さん。

「ちょ、ちょっと待ってください。急に言われても、仕事の調整もありますし、家族との話し合いも……」

「命がかかっているのですよ?」

「それは、そうですが……」

「お仕事と、ご自分の命と、どちらが大切ですか?」

恐らくは二十歳近く年下であろう女医さんの迫力に負けて言葉に詰まる私。

そんな、私と仕事とどっちが大事? みたいな質問をされても答えようがないだろう、普通。仕事だって大事だ。生きていかなくてはならないのだ。

優柔不断な私を一瞥した(ように感じたのは私の僻目だろうが)女医さんはカレンダーを見ながら話を続ける。

「とにかく、今日は入院日を決めて、抗がん剤治療の準備に入りたいと思います。年明けの1月5日からは抗がん剤投与を開始できるようにしたいですね」

女医さんはカレンダーの上をペンでなぞり、予定を決め始めている。

ちょっと待って欲しい。私だって、もう少し治療法についてゆっくり考えたいのだ。今日は軽い気持ちでセカンドオピニオンを聞きにきただけなのに、展開が早すぎる。

肉食系男子の矢継ぎ早な口説き文句に陥落寸前の乙女の気持ちとは、こんな感じなのだろうか。この怒涛の攻撃を前にして、きっぱりと断れる人間はほとんどいないのではないだろうか。

何しろ、相手は専門家である上に、「命がかかっている」「一日遅ければ一日危険が増える」という切り札を握っているのだ。さらには、この熱心な早期治療の誘いの背後にあるものは、明らかな善意なのである。これでは、こちらとしては対抗のしようがない。